溝口健二『山椒大夫』~名カメラマンの映像美と死の海(水辺)と山~
画像(c) KADOKAWA 1954
日本を代表する名監督溝口健二の『山椒大夫』をやっと観た。東京に行った折に、「神保町シアター」の田中絹代特集で上映していた。1954年・第15回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した作品だ。溝口は1952年に『西鶴一代女』でヴェネツィア国際映画祭 国際賞、1953年に『雨月物語』で第14回ヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞、そして本作の受賞と3年連続の国際的映画祭の受賞となった。有名な「安寿と厨子王丸」の童話でも知られる説経節の演目を森鴎外が小説にしたものが原作。原作では厨子王が弟、安寿が姉だったが、映画では兄と妹に変えている。
丹後の国守、父の平正は苦しい農民の年貢の取り立てを朝廷に抗議したことで、筑紫国へと左遷させられる。息子の厨子王は「人は慈悲の心を失っては人ではないぞ」と父から観音像を託される。数年後、厨子王と妹の安寿は母(田中絹代)と召使いで母の故郷へと旅に出る。宿を断られて木の下で野宿することになったある夜、親切にも巫女に声をかけられ家に泊めてもらう。翌朝、舟を手配してもらうのだが、舟に乗ったところで親子は離ればなれにされてしまう。巫女も人さらいの仲間で、子どもたちは山椒大夫と呼ばれる荘園領主のもとに売られ、母は佐渡に連れて行かれ、召使いも海に落ちて死んでしまうのであった。この海(水辺)が、死の世界の入り口であるのはこの時代の定番なのか、溝口健二が好きな設定なのか、『近松物語』でおさんと茂兵衛が舟で心中しようとするシーンを思い出すし、『雨月物語』の霧包まれた琵琶湖の幻想的な舟のシーンを想起する。水辺は死の世界・冥界への入り口であり境界なのだ。本作でも、後に安寿は入水自殺することになる。
荘園領主の山椒大夫の屋敷のセットはなかなか豪華だ。右大臣を歓迎する宴を催し、舞を踊る場面もあり、財宝などの貢ぎ物を渡し、山椒大夫(進藤英太郎)の権勢の凄さを表現している。後に厨子王が丹後の国守になったとき、山椒太夫を縄で捕まえる大捕物でも、このセットは広さや柱などが活きることになる。安寿と厨子王など使用人が奴隷のように働かせる場所も小屋がたくさん建てられており、一つの村のような作りだ。山椒大夫の極悪非道さを表現するのに、逃げ出そうとした者の額に熱い焼きゴテを当てて罰する刑が描かれる。息子の太郎は命じられてもそれが出来ず、山椒大夫自らが焼きゴテを当て、悲痛な叫び声で痛みが表現される。
ある日、病気で死にかけた女性を安寿(香川京子)と厨子王(花柳喜章)が山に捨てに行くように命じられる。カラスに食われて死を迎える姥捨て山のような場所だ。人骨がゴロゴロと転がっている死の山。病人を寝かせ、安寿が「せめて屋根を作らせてください」と木の枝を折る場面がある。それは安寿と厨子王が子供の頃の旅で、野宿したときの木の枝を折る動作の反復である。「兄さん、野宿した時を思い出さない?」というセリフも入れて、同じ俯瞰気味の構図で安寿が枝を折れず、厨子王が折ってみせるシーンが繰り返される。また、この死の山で佐渡から渡ってきた女が歌っていた唄「安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ・・・♪」が遠くで聞こえてくる。安寿は「母さんの唄が聞こえるわ」と母の存在を感じる。この反復の動作と歌をキッカケにして、兄の厨子王が逃げ出す決意をし、安寿は自らを死を覚悟しながら兄の逃走を助けるのだ。死にまつわる海と山。山の丘を走って下りていく厨子王のクレーンショット。さらに安寿が入水する木立から捉えたバックショットの美しさ。この映画の名場面であろう。
その後、僧侶となっていた山椒大夫の息子の太郎に助けられ、厨子王は入水自殺した妹の死を知らないまま、京都へ行って関白に直訴する。一度は捕まるが、手元に持っていた観音像がキッカケで丹後の守・平正の息子であることが明らかとなり、父の後を継いで、丹後の国守を命じられるのだ。
山椒大夫への復讐を果たし、奴隷状態だった使用人たちを解放した後、丹後の国守を自ら辞して佐渡へと向かう厨子王。母との再会シーンがまた名場面だ。目を見えなくなって、昆布干し場で、手に棒のような物で叩きながら「安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ・・・♪」と小さく口ずさんでいる老婆。一度はからかわれていると思った老婆だったが、厨子王が持っていた観音像を触ることによって、息子の存在が分かって親子で抱き合う。「安寿は?」と母が問い、「私たちだけになってしまいました」と答える厨子王の悲しみ。老婆役の田中絹代の存在感が素晴らしい。二人が抱き合う小屋、そして昆布を干している浜辺、海と小さな島が見えるラストのクレーン撮影の俯瞰ショット、宮川一夫のカメラが見事だ。白黒映画ながら、死者たちの海が輝いて見えた。
1954年製作/126分/日本
配給:大映
監督:溝口健二
原作:森鴎外
脚本:八尋不二、依田義賢
撮影:宮川一夫
照明:岡本健一
美術:伊藤熹朔
録音:大谷巌
音楽:早坂文雄
キャスト:田中絹代、香川京子、花柳喜章、進藤英太郎、小園蓉子、菅井一郎、清水将夫、三津田健、河野秋武、見明凡太朗、小柴幹治、加藤雅彦、浪花千栄子、毛利菊枝、玉村俊太郎、安田祥郎、小柳圭子、戸村昌子、滝のぼる、堀さわ子、大美輝子、小松みどり、石倉英治、越川一、滝川潔、藤川準