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『夏の庭 The Friends』相米慎二~夏の庭に「死」が染み出してくる~

(C)1994/2024讀賣テレビ放送株式会社 (C)1992湯本香樹実/新潮社

相米慎二作品が再び脚光を浴びているようで、4Kデジタルリマスター版が第80回ヴェネチア国際映画祭でも上映され、「世界のSOMAI」と注目されつつあるようだ。日本映画界で、相米慎二の影響を受けていない監督はほとんどいないのではないかと言うくらい、相米慎二の映像手法は衝撃的であった。今なお古びていないし、斬新である。『お引っ越し』と同時に4Kリマスター版が公開されたのがこの『夏の庭 The Friends』だ。映画館で公開時に観たとき以来だから、30年ぶりぐらいで観た。

孤独なお爺さんと少年たちの「」をめぐる交流の物語だ。わりと地味な物語で、相米慎二らしい少年たちの躍動感もなく、あまり印象に残っていなかった。見直して、確かにこんな映画だった。長回しの映像と子どもたちの運動感が相米慎二映画の特徴だったが、この映画は「家の庭」をめぐる物語で、あまり動きがない。荒れ果てた庭に住む孤独な老人(三國連太郎)が、子どもたちと交流することで、荒れ放題だった木や草が抜かれコスモスの花畑になるという変化はあるが、描かれる空間は「家」と「庭」に限定されている。

神戸で暮らす小学6年生の木山、河辺、山下の3人組は、祖母の葬式に出席したデブの山下の話をきっかけに「」に興味を抱きはじめる。「ぬってどういうこと?」と誰もが小さい頃に興味を持つように、メガネの河辺は落ちたらんでしまう歩道橋の縁を歩きながら、を感じようとする。この橋のギリギリの縁を少年が歩く場面は、危険な撮影を長回しで撮っており、ドキドキする緊張感がある。電車の窓に身を預けるように立ってメガネが乗っている場面もヒヤヒヤ感があった。そして3人はもうすぐんでしまいそうな一人暮らしの老人を見張ることにする。橋の上と下で尾行する場面や道を挟んで平行移動で尾行したり、スーパーの買い物を観察したりと大きな動きや緊張感もなく、家の前で距離を持って観察しているだけの退屈な停滞が描かれる。最初は追い返そうとしていた老人だが、次第に子どもたちと話すようになり、庭にロープを掛けて洗濯物を干すなど老人も変化していく。老人の閉ざされたテリトリーが開かれていくのだった。木山という少年が老人を見失って、病院の霊安室に迷い込み、死を連想させる幻想的な場面もあるが、物語は淡々と進む。嵐の夜に老人がフィリピンのジャングルの中で現地の家族を殺したという戦争体験が子どもたちに語られる。空間の移動ではなく、時間を遡る物語になる。「家」で普通に暮らして生きていることを皆殺しで否定してしまった老人の過去。終戦後、妻の前には顔を出せないまま、老人は一人孤独に暮らしてきた。だから「家」は老人にとって、家族とともに幸せに暮らす場ではなくなっていたのだ。「死」に最初に興味を持ったメガネの河辺は、いつも父親のことを嘘をついて友達に語っていた。メガネの少年・河辺もまた、父不在のなかで幻想とともに暮らしていた。

あるとき少年たちは、老人の別れた妻が老人ホームにいることを見つけ出し、先生(戸田菜穂)の母親であることを知る。認知症になっている老人の妻(淡島千景)は、夫は戦争で死んだと思い込んでいた。老人の孫であるとわかった戸田菜穂は、老人に「母に会って欲しい」と伝えるが、老人は同姓同名の別人だと相手にしない。ラスト、老人は奥さんの顔を見に行きたいと言っていたが、子どもたちはサッカーの試合で一緒にいられず、実際に彼が会ったかどうかは描かれない。そして老人は子どもたちが見守る前で死んでしまう。興味本位の「観念としての死」から、現実の「関係としての死」を受け入れざるを得なくなる少年たち。大人へのステップである。火葬場に駆けつけた淡島千景は、老人の死に顔を見て、「お帰りなさい」と跪くのであった。

最後にコスモス畑となった庭の井戸の底から、蝶や蛍などが幻想的に羽ばたく場面がある。井戸の底とは、まさに死の世界であり、蝶とは死んだ者の化身である。井戸にひびが入って水が染み出し、死の世界が現実の世界に染み出してくるようである。湯本香樹実の原作があり、戦争の死者たちの亡霊が「夏の庭」から戦後の子どもたちの前に老人を通じて浮かび上がってくる物語である。子どもたちのキャラクターは面白かったが、老人との関係の緊張感がもっとあっても良かったと思う。ただ動きが全体的になかったのが、映画の面白さにつながらなかった。


1994年製作/113分/日本
配給:ビターズ・エンド

監督:相米慎二
原作:湯本香樹実
脚本:田中陽造
製作:伊地智啓、安田匡裕
プロデューサー:加藤悦弘、藤門浩之
撮影:篠田昇
音楽:セルジオ・アサド
キャスト:三國連太郎、坂田直樹、王泰貴、牧野憲一、戸田菜穂、淡島千景、笑福亭鶴瓶、寺田農、柄本明

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