『リリー・マルレーン』ライナー・ベルナー・ファスビンダー~戦争と流行歌に引き裂かれた人生の皮肉~
画像(C)1980 by ROXY / CIP
第2次世界大戦中のドイツの流行歌「リリー・マルレーン」を題材に、戦争とヒットした歌に翻弄された歌手の波瀾万丈な人生を描いた大作である。実在した歌手のララ・アンデルセンの自伝をもとに、映画化されている。「リリー・マルレーン」はマレーネ・ディートリッヒも英語でカバーし、戦争中に米軍前線兵士の慰問活動をしながらヨーロッパ各地を巡り、この曲を歌った。ゲッベルスは、「この歌の持つ不吉な前兆を予感」し、ララ・アンデルセンが歌唱した原盤を破壊するよう命令を発したという。気だるくアンニュイな歌声が、ドイツ軍兵士の厭戦気分をかき立てると思ったのだろう。旧ユーゴスラビアのベオグラード放送局が第二次世界大戦中、ラジオで毎晩21時57分から「リリー・マルレーン」を放送したことで広まった。アフリカ戦線でドイツ軍、イギリス軍の兵士が聞き始め、口伝えでヨーロッパ中に広まり、敵味方双方の兵士から愛唱されたと言われている。売れない歌手のビリー(ハンナ・シグラ)が、ナチス高官に気に入られ、レコードに吹き込む様子が映画の中でも描かれている。
ファスビンダーの映画は、『マリアブラウンの結婚』ぐらしか観ておらず、それも大昔のことなのであまりこの監督の映画を知らない。ファスビンダーは舞台演出家でもあり、演劇的な素養もあると聞く。この映画で言えば、初めてステージでビリーが「リリー・マルレーン」を歌った時、客席で喧嘩が起きて大混乱になる場面があったり、彼女が有名になって兵士の慰問のために訪れたステージでは、物凄い盛り上がりで大騒ぎになる場面など、ステージ演出が見応えあった。滑り台でナチス高官たちが降りてくるところなど笑える。映像的な特徴と言えば、フィルターを入れて光をソフトに滲ませてみたり、テンポよく展開させるズームインがあるぐらいで、この壮大な物語をオーソドックスに撮っている。「リリー・マルレーン」の音楽と迫力ある戦闘シーンをカットバックさせていたりもするので、そのへんは皮肉が込められている。兵士が休戦中に曲を聴いてばかりいるわけではない。ピアノ伴奏者が戦場に送られて死ぬ場面も、曲が流れて味方かと思っていたらロシア兵だったというオチまで描かれている。何度も映画の中で聴かされた「リリ-・マルレーン」だが、最初はゆっくり喋るように歌っていたのが、戦争が進行するにつれてテンポを上げて軍歌調になったり、いろいろなアレンジで歌われている。ロバートがナチスに捕まって、監禁部屋の中で壊れたレコードのように「リリー・マルレーン」を何度も聴かされるのは、音楽もまた地獄へと導くということでもあるのか。音楽がすべて万歳!というわけでもない。
物語は、スイスに住むユダヤ人の恋人ロバート(ジャンカルロ・ジャンニーニ)と生粋のアーリア人であるビリーとの間が戦争に引き裂かれた悲恋が描かれる。ロバートはスイスの富豪の家に生まれた音楽家であり、ドイツでのユダヤ人を救出する活動もしている。一方ビリーは、歌がヒットするとともにナチス高官と接近するようになり、二人の距離が広がっていく。ロバートの組織が、ビリーにスパイ的な行為をさせるなどサスペンス的盛り上げもある。ユダヤ人たちの反ナチ組織の活動もそれほど描かれないし、ナチスのユダヤ人迫害なども描かれない。ロバートの家庭自体がスイスの富裕層であり、ユダヤ人の戦争での悲惨さはあまり描かれない。だからあんまり劇的な要素はなく、なんとなくゆるく、まったりとした印象だった。
1981年製作/120分/G/西ドイツ
原題または英題:Lili Marleen
配給:コピアポア・フィルム
監督:ライナー・ベルナー・ファスビンダー
製作:ラッジ・ワルドレイトナー
原作:ララ・アンデルセン
脚本:マンフレッド・プルツァー・ファスビンダー
撮影:ザビエ・ショワルツェンベルガー
音楽:ペール・ラーベン
キャスト:ハンナ・シグラ、ジャンカルロ・ジャンニーニ、メル・ファーラー、カール・ハインツ・フォン・ハッセル、クリスティーネ・カウフマン、ウド・キア、ダニエル・シュミット