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『国境ナイトクルージング』アンソニー・チェン~どん詰まりの氷の世界で~

(C) 2023 CANOPY PICTURES & HUACE PICTURES

<ネタバレあり。ご注意ください。>

北朝鮮の国境近い中国の延吉という町が舞台である。朝鮮民族の文化も入り込んでいる町のようだ。雪と氷の世界で出会った二人の男と一人の女性、どん詰まりの国境の町で3人の若者たちの数日間の物語である。凍った川から氷が切り出される場面から始まる。氷がイメージとして何度も出てくる。友人の結婚式に出席するためにこの町にやって来たハオ・フォン(リウ・ハオラン)は、披露宴でもノリが悪い。無理矢理、友人と一緒に踊らされて困惑。彼は踊りを何度も誘われるが、人と踊れない。電話に出るために外の非常階段に立つ。身を乗り出そうとする仕草、足下の雪を下に落とす。ハオ・フォンはその後も死を意識した落下のイメージが繰り返し描かれる。最後の方で崖の上から落下しようとするハオ・フォンを思いとどまらせるのは、「ナナ」という友人の声だ。非常階段の上から、バスのツアーガイドのナナ(チョウ・ドンユイ)がちょうど着いたところが見える。ハオ・フォンがスマホを失くしたことで、ナナは親身になり、一緒に夜の時間を過ごす。ナナの男友達シャオ(チュー・チューシャオ)も一緒だ。シャオはナナに気があるようだ。いわゆる三角関係の男2人女1人の映画なのだが、一人の女性を好きになって奪い合うような恋には発展しない。フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』を多くの人が思い出すだろうし、本屋で3人がゲームをして走るあたりは、ジャン=リュック・ゴダールの『はなればなれに』のルーブル美術館の有名なシーンへのオマージュだと多くの人が気づくだろう。クラブの煌びやかな光、踊る姿、夜のスケートリンク、氷の迷路で出会わない3人、夜の動物園、3人乗り!?で走るバイク、車の中の3人、川の凍った氷を足で割る音、口の中で砕ける氷、3人でカチッとグラスを合わせて酒を飲み、酔って部屋で雑魚寝する夜。

ハオ・フォンがなぜ行き詰まっているのか?映画は特に説明しない。クラブで一人、孤独に涙するロングショットがあるのみだ。フィギュアスケートの選手だったナナの挫折の過去がチラッと出てくるが、足の傷がその挫折の意味を語るのみだ。フィギュアの友人が訪ねてくるシーンや氷の上を滑るイメージは必要あったか?何度か意味ありげに強盗事件のニュースが挿入され、指名手配犯の写真が張り出されているシーンが登場し、最初はシャオと似ているようにな気がして事件と関連あるのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。この犯人が線路で捕まるシーンやこの設定は必要だったのか?ちょっと意味不明。3人はそれぞれの過去や事情にお互いに踏み込まない。微妙な距離感を保ちながら一緒の時間を過ごす。ハオ・フォンとナナが性的関係を結んでも、シャオは特に何も行動に出なし、何も語らない。ラブ・ストーリーではないのだ。監督は未来が見えないで、流れに流れて行き詰まっている3人をただ見守るように描く。

最後はハオ・フォンが長白山の「天池」に行きたいと行って、3人で雪山に入る。虎と熊が洞窟に籠もって、百日間ニンニクと蓬だけで暮らしたら人間になれると言われ、虎は我慢できなかったが、熊は美しい女性になったという神話が語られる。その神話と関係があるのか、雪山で3人は熊と遭遇する。都会の孤立感から雪山の厳しい自然の中へ。そこで野生の熊と対峙することにどんな意味があったのか分からないが、ハオ・フォンは自殺を思いとどまり、何かが3人の中で変わっていく。ややファンタジーが過ぎるという気がしないでもないが。

いくつか疑問もある映画だし、やや感傷的で過剰な描写もあるが、3人の距離感がいい。何も起きない感じもいい。氷の砕ける音や冷たい氷の感触が映画全体のトーンになっている。女優のチョウ・ドンユイは派手ではないが魅力的だった。好感の持てる映画だ。日本語タイトルは、あまりよくない。


2023年製作/100分/PG12/中国・シンガポール合作
原題または英題:燃冬 The Breaking Ice
配給:アルバトロス・フィルム

監督・脚::アンソニー・チェン
製作:アンソニー・チェン、メン・シェ
撮影:ユー・ジンピン
編:ホーピング・チェン、スー・ムン・タイ
音楽:キン・レオン
キャスト:チョウ・ドンユイ、リウ・ハオラン、チュー・チューシャオ

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