『ラジオ下神白 あのとき あのまちの音楽から いまここへ』小森はるか~音楽を通じて被災地の人々との交流を描いたドキュメンタリー~
※画像(C)KOMORI Haruka + Radio Shimo-Kajiro
小森はるかのドキュメンタリーは、『息の跡』を見て以来だ。これは東日本大震災の津波により流されてしまった岩手県陸前高田市の住宅兼店舗のタネ屋を自力で立て直し、営業を再開した佐藤貞一さんを追ったドキュメンタリーだった。本作もまた、東日本大震災による被災者たちへの音楽を通じた支援活動を記録したドキュメンタリーなのだが、映画はそんな震災のことなど多くを語らずに、ぬるっと下神白団地の住民たちと支援活動をしている若者たちの部屋での交流様子が描かれて始まる。
「ラジオ下神白」と言いながらも、団地内でラジオ放送しているわけではなく、ラジオのように住民たちにそれぞれの話を聞き、それをCDにして住民たちに配っている活動をしているのだ。すでに支援活動をしている語り手のアサダワタルさんをはじめメンバーと住民たちとの関係がしっかりできているので、その交流の現場にカメラもお邪魔して撮り始めた感じだ。そして、それぞれの思い出の音楽、おもに「歌謡曲」をキッカケにして、人々の思いがつながっていく。
カメラは自然に部屋の中にいて、お年寄りたちの様子が描かれていく。支援メンバーに料理を振る舞い、90歳の誕生日を祝ってもらう女性、団地を離れていくことになった男性の寂しさ、カラオケで歌うことを生きがいにしている女性、「君といつまでも」が流行った頃の失恋の思い出を語る団地の会長さん。震災で失ったこと、悲劇をことさら強調するような作りではなく、支援メンバーと出来上がったなごやかなコミュニティそのものが描かれる。観客は話のやりとりのわずかな情報から、カメラに映っていない出来事を想像するしかない。中心となるアサダワタル氏などメンバーは、東京と福島を行き来しながら、2016年から継続的な活動を続けている。特別なことではなく、それがもう彼らの日常になっているようなのだ。そこに「支援」という肩ひじ張った感じはなく、親しくしている地方の団地の老人たちとの自然な触れあいがある。メンバーは、クリスマスにカラオケではなく生演奏で住民たちに唄を歌ってもらおうと、「歌声喫茶」を開催することにする。東京で住民たちの十八番の歌謡曲の演奏の練習を重ね、生の歌声のスピードに合わせて演奏できるか、当日の曲順まで考えながらクリスマス会が盛り上がるように相談するメンバーたち。
特別な何かを記録したドキュメンタリーではない。しかし実際には映っていないが、特別なことが起きてしまった被災地、村や町を失い、家族を失い、避難してきた住民たちの日常が、そのまま描かれている。音楽の思い出を軸に、和やかな雰囲気で終始するドキュメンタリーだが、そこにはバラバラに寸断されてしまった住民たちの寂しさや哀しさもまたカメラの外側にはあるのだ。日常を記録することで見えてくる映っていないものが想像される映画である。それが、それぞれに思い出がある「歌謡曲」であるというのが面白い。
2023年製作/70分/日本
配給:ラジオ下神白
監督・撮影:小森はるか
企画:アサダワタル
編集:小森はるか、福原悠介
整音:福原悠介
ミュージックビデオ撮影・録音協力:齊藤勇樹、長崎由幹、福原悠介
デザイン:高木市之助