「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」~複層的な視点で虚構と現実が交錯するマルコ・ベロッキオの演出~
画像(C)2022 The Apartment - Kavac Film - Arte France. All Rights Reserved.
前後編合わせて340分、5時間40分の長編である。2日に分けて映画館(シアター・キノ)で観た。マルコ・ベロッキオは2003年製作の『夜よ、こんにちは』(未見)では、犯人側の「赤い旅団」サイドから「アルド・モーロ誘拐事件」を映画化したそうだ。本作は誘拐されたアルド・モーロ本人、内務大臣フランチェスコ・コッシーガ、教皇パウロ6世、赤い旅団のメンバーであるアドリアーナ・ファランダ、モーロの妻エレオノーラなど、事件に関わったそれぞれの人物の視点を6話に分けて事件を複層的に描いている。時間を前後させながら、それぞれの視点で繰り返される。「1978年3月のある朝。戦後30年にわたりイタリアの政権を握ってきたキリスト教民主党の党首で5度の首相経験を持つアルド・モーロが、極左武装グループ「赤い旅団」に誘拐された。国家を揺るがした55日間の事件の真相」(映画comより引用)を描いた映画である。
<※ネタバレありますので、気になる方は鑑賞後にお読みください。>
冒頭は病院の廊下。窓を背負った逆光のなかで、黒い背広を着た政治家たちがゾロゾロと廊下を歩いてくる縦構図の映像。「まだ安静が必要だ」という医者の忠告を無視して、3人の男が病室に入ってくる。そこには生きているアルド・モーロがベッドに横たわっている。立っている3人の男たち(内務大臣コッシーガ、首相アンドレオッティ、書記長ザッカニーニ)と横たわっているアルド・モーロとの切り返し。観客は戸惑う。アルド・モーロは殺されたんじゃなかったんだっけ?なんで生きているの?という疑問。しかもリアルな描かれ方である。そこから映画はスタートする。
ラストでもまた、この冒頭の病院のシーンが繰り返される。55日間の監禁、誘拐から解放され、車の後部座席に寝かされていたアルド・モーロが発見され、救急車に乗せられて、冒頭の病院の廊下と病室のシーンが繰り返されるのだ。執務室でのコッシーガがこのシーンの前に描かれているので、生還シーンはコッシーガの夢想なのだろう。しかし、とてもリアルで克明なのだ。そのシーンの後に、車の後部座席に寝かされているアルド・モーロヘの銃の乱射、殺害現場の混乱や政府を非難する群衆、葬儀のシーンといった歴史的事実に沿った描写が続く。この映画ではそんな風に実際起きた事実と虚構フィクションが並列的に描かれるのだ。夢想らしいわかりやすい描写ではなく、リアルな映像のまま挿入される。
モーロの妻のエレオノーラのパートでは、寝室でかつてのアルドの姿が突然現れ(回想)、エレオノーラはいつもアルドがしていたキッチンでガス栓のチェックの動作を反復する。または、復活祭の日、ランチでテーブルを囲む家族。アルドの席が空席だったのが、1年前の復活祭の日にいつの間にか切り替わっており、アルドは墓地にモーロ家の礼拝堂を作ると語り出す。現実と回想が並列的に切り替わる。そのほか、宣材写真でも使われているアルド・モーロが大きな十字架を背負う場面は、パウロ6世のイメージ(夢想)のようであるし、赤い旅団の一味である女性アドリアーナ・ファランダは、モーロを殺害するか解放するかでメンバーと意見が合わず、モーロたちの死体が川を流れてくる悪夢(イメージ)を見る。現実と妄想が入れ乱れつつ、あり得なかったもう一つの現実の可能性を映画は描く。赤い旅団側はアルド・モーロの扱いについて意見が一致しておらず、55日間の交渉の過程でさまざまな可能性があったことが描かれている。
拉致監禁されているアルド・モーロの目撃情報を元にエレオノーラたちがある場所に訪ねていくと、アルド・モーロの拉致監禁・殺害事件を演劇的に再現している学生たちと教授がいる場面もある。ここにも現実と虚構の並列がある。赤い旅団が実際にアルド・モーロを監禁していた部屋もまた、どこかセットのようで、いなくなった後にメンバーが壊している場面も描かれる。何が現実で、何が虚構だったのか。それぞれの思惑やイメージが錯綜しながら、一つの事件を多角的に描いてみせるマルコ・ベロッキオの演出は、現実がいかに複層的で様々な可能性に満ちているかを表している。それぞれの家族の寝室での妻の描写、執務室やアジトや監禁部屋のさまざまな扉の出入り、覗き穴、盗聴や電話の声のやりとり、光と影の空間の演出など、演出は重厚で手堅い。部屋の外側と内側。人間の内面と外側。内部と外部ではそれぞれの顔とそれぞれの思惑や秘密がある。
キリスト教民主党が共産党と連立政権を組むほど、政治が混乱していた1978年にこの事件は起きた。赤い旅団によるこの誘拐事件が起きなければ、アルド・モーロは大統領になっていたかもしfれないし、時代は大きく変わっていたかもしれない。時代の混乱期は何が起きるかわからない。そんな大きな転換点となるこの事件をこれだけこだわって描いたのは、それだけいろいろな可能性があったということだろう。現実はいかにあやふやで曖昧なものであるということをあらためて思い知らされる。複雑怪奇で見応えのある大作である。
2022年製作/340分/G/イタリア
原題または英題:Esterno notte
配給:ザジフィルムズ
監督:マルコ・ベロッキオ
製作:ロレンツォ・ミエーリ、シモーネ・ガットーニ
製作総指揮:エレナ・レッキア
原案:マルコ・ベロッキオ、ステファノ・ビセス、ジョバンニ・ビアンコーニ、ニコラ・ルズアルディ
脚本:マルコ・ベロッキオ、 ステファノ・ビセス、ルドビカ・ランポルディ、ダビデ・セリーノ
撮影:フランチェスコ・ディ・ジャコモ
美術:アンドレア・カストリーナ
衣装:ダリア・カルベッリ
編集:フランチェスカ・カルベリ クラウディオ・ミザントーニ
音楽:ファビオ・マッシモ・カポグロッソ
キャスト:ファブリツィオ・ジフーニ、マルゲリータ・ブイ、トニ・セルビッロ、ファウスト・ルッソ・アレシ、ダニエーラ・マッラ、ガブリエル・モンテージ、ダビデ・マンチーニ、アウローラ・ペレス、エバ・チェーラ、ミケーレ・エブルネア、グロリア・カロバーナ、ファブリツィオ・コントリ、ジージョ・アルベルティ、ロレンツォ・ジョイエッリ、アントニオ・ピオバネリ、パオロ・ピエロボン、ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ、セルジョ・アルペッリ、アレッシオ・モンタニャーニ、ブルーノ・カリエッロ
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