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『ある船頭の話』オダキリジョー~川の美しい表情と時代の変化~

画像(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』などテレビドラマの演出などでもユニークな個性を発揮しているオダギリジョーの2019年の初の長編映画監督作品。まず何と言っても映像が美しい。『恋する惑星』(94)や『花様年華』(00)などウォン・カーウァイ映画でお馴染みにクリストファー・ドイルが撮影監督。ジム・ジャームッシュ監督作『リミッツ・オブ・コントロール』(09)のカメラも担当している。ドイルの監督作『宵闇真珠』(18)にオダギリジョーが主演した際、「ジョーが監督するなら、俺がカメラをやる」とバックアップを約束したのだという。静かな田舎の森と川、水の流れなど様々な川の表情、そして霧や朝もやや夕方の光、夜や雨、様々な空の変化や鳥たちや蛍などが美しい映像で表現されている。編集加工段階で色付けもされているのだろう。独特の映像の質感がある。新潟の阿賀川流域で撮影したそうだ。

川に住む船頭(柄本明)の話なので、いわば川そのものを体現している男である。
「近代化で橋の建設が進む川辺の村。川岸の小屋に住み船頭を続けるトイチは、村人たちが橋の完成を心待ちにする中、それでも黙々と渡し舟を漕ぐ日々を送っていた。そんな折、トイチの前に謎めいた少女が現れ、トイチの人生は大きく変わり始める……。」(HPより)

前半は渡し船で様々な客を乗せるトイチの日々が淡々と描写される。オダギリジョーの人脈もあってか、豪華で個性的な俳優が川を渡る客として次々と出てくる。伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優、笹野高史、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功、くっきー、河本準一…。横柄な声で船頭を呼びつける男、橋の工事関係者、町医者、牛の川渡り、芸者や赤ちゃん連れの母親、常連の村人など多くの客が川を渡っていく。話を聞きながら黙々と舟を漕ぐトイチ。山奥の村で一家惨殺事件があった噂話、その家から娘いなくなった話、孤独という字からキツネを連想する話、橋が出来て便利になるが、渡し船はもう必要なくなる話などが様々な客たちによって語られていく。そして、川を流れてきた少女を助けたところから、物語が一気に動き出す。多くを語らない少女(川島鈴遥)は、どんな理由があって川の流れてきたのか?それが分からないまま、やがて橋は完成し、渡し船は必要なくなっていく。季節は夏から冬へと変わっていた。

不思議な格好をした少年が幻のように出てくる。それは川の化身だと言う。ずっとトイチを見てきたのだ、と。また少女が人魚のように川の中で泳ぐシーンもある。少女もまた川の化身なのか。おふうという名前の通り、風の使者なのか。一家惨殺事件との関連は最後まで明らかにされない。描こうとしているのは、橋の建設とともに川も人も変わろうとしていることだ。川は汚れ、蛍を見かけなくなって、時間の流れがせわしなくなっていく。便利で効率的だけれど、それによって何を失うのか。マタギの仁平(永瀬正敏)の父(細野晴臣)は、亡くなった後、山に還してほしいと願う。人目を避けて雨の夜に遺体を山に運ぶ。動物たちの命を奪ってきたマタギは、動物や自然のために自らの亡骸を捧げる。そんな風に俺も誰かのために生きたいとトイチは少女に言うのだった(宮沢賢治のようだ)。トイチとともに多くの時間を過ごしていた源三(村上虹郎)は、いわばトイチの側の人間だった。焼き味噌を作り、川辺で一緒に食べる素朴な男の源三。それが橋が完成した後に登場した時は、別の人間のようになっていた。小綺麗な格好をして少女の過去を脅しのネタにして襲いかかってくる。人間は橋が出来ることによって、町と行き来するようになり、村の人間から町の人間へと変わってしまう。たかが橋が出来たくらいで、人間は簡単に変わる。そんな分かりやすいテーマが、トイチの幻想(橋の関係者たちを殺すイメージ)や幻聴(多くの人たちの声が重なるように押し寄せてくる)によってトイチの心情が描かれる。映像は美しかったが、ややストレートなメッセージ過ぎたのではないだろうか。もっと訳の分からない物語した方が良かったのではないだろうか。柄本明の佇まいと表情、少女の川島鈴遥の真っすぐな目と透明感は良かった。


2019年製作/137分/PG12/日本
配給:キノフィルムズ

監督・脚本:オダギリジョー
製作総指揮:木下直哉
プロデューサー:市山尚三、永井拓郎、中島裕作
撮影監督:クリストファー・ドイル
照明:宗賢次郎
美術:佐々木尚
衣装デザイン:ワダエミ
編集:岡崎正弥、オダギリジョー
音楽:ティグラン・ハマシアン
VFXスーパーバイザー:進威志
キャスト:柄本明、川島鈴遥、村上虹郎、伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優、笹野高史、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功、くっきー、河本準一

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