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『風の電話』諏訪敦彦~長回しのヒキの映像を多用し静かに寄り添うように~

画像(C)2020 映画「風の電話」製作委員会

諏訪敦彦監督ということで見た。諏訪敦彦は東京造形大学学長を経て現在は東京藝術大学教授。多くの若い映像作家を育てている。即興演出が得意な監督といわれている。2011年の東日本大震災以降、亡くなった人と話が出来る電話線が繋がっていないダイアル式黒電話のある電話ボックスとして有名になった「風の電話」。岩手県上閉伊郡大槌町浪板海岸の高台に現在もある。多くのメディアでも取り上げられ、絵本や歌、ドキュメンタリー番組や設置者の書籍もあり、今更これを映画化してどうなんだろう?と思っていた。

震災から8年、岩手の大槌町で家族を失って一人ぼっちになった女子高生ハル(モトーラ世理奈)は、広島県呉市で叔母(渡辺真起子)の家に身を寄せて暮らしている。引きの画面で長回し。朝食を食べる日常を写しながら、いまだに心の傷を抱えている寡黙な女子高生をゆっくりとした間合いで描いていく。玄関で叔母と抱き合うまでの間合い、船に乗って通学する場面もためらいがちに桟橋を歩く(海がまだ怖いのか?)。ハルが帰宅してみると叔母が台所で倒れている。見つけるまでの間合いもたっぷりだ。病院に入院することになった叔母は意識不明。またしても一人になった悲しみをハルは、集中豪雨で土砂崩れのあった被災地(東北の被災地かと混乱させられる)で、「どうして全部奪うの?お父さん、お母さん、会いたいよ~」と絶叫する。ほとんどなにも喋らなかったハルが、感情を剥き出しで叫ぶ場面は手持ちカメラで寄り添うように撮影。そしてロングショットで地面に仰向けに倒れているハルに軽トラックが近づくところを捉える。通りかかった三浦友和がハルを助けて家に連れて帰る。老いた母との二人暮らしの三浦友和もまた妹を自殺で失っていた。「とにかく生きているんだから、食べろ」と、ハルに食べることを勧める。そしてハルは、広島から大槌町まで一人で帰ることにする。

ヒッチハイクしながら、お腹の大きな妊婦の山本未來と出会い、命の胎動に手を触れる。ここでもハルは食べることを勧められる。夜にチンピラたちに襲われそうになったところを西島秀俊が運転する車に助けられる。西島秀俊は震災当時、福島の原発で働いていて、子供と妻は今も帰ってこない。ハルと同じような境遇。西島秀俊は震災ボランティアで助けてもらったクルド人の友人を探していた。一緒に食事をご馳走になりながら、友人が出入国在留管理局に収容されていることを知る。そのクルド人仲間の一人に映画監督の三宅唱が友情出演していた。このあたりの物語の設定、展開は、ややご都合主義的な感じがある。西島秀俊の父親の西田敏行は、東京へ転校していった福島の子どもたちが、「放射能はうつる?」と差別されることを怒る。クルド人問題や入管問題、原発差別など、ややストレートな台詞で語られるところが気になる。

震災直後から時間が止まった家に帰ってきた西島秀俊。荒れた庭と子供の描きかけの絵がそのままになっている部屋。その家で、ハルは幸せだった父や母の姿を幻想で見る。ハルは西島秀俊に「死のうと思ったことありませんか」と聞き、西島秀俊は、「ハル、お前が死んだら、誰が家族のこと思い出すんだよ。誰もいなくなっちゃうだろ」と生きていることの意味を伝える。大槌町までたどり着いたハルは、友達のあすかちゃんの母に偶然会う。震災時にハルはあすかちゃんと一緒に手を繋いでいたのに、その手を離してしまったことを、泣きながらお母さんに謝る。ハルは何もなくなった実家があった場所に来て、「ただいま」と言うが誰も何も応えてくれない。押し寄せてくる悲しみ。泥水に足を汚しながら、再び寝転ぶハル。西島秀俊がそんなハルを抱き起こし、歩かせる。「ちゃんと家に帰れよ、ハル」と駅で別れる。「春香なの」と初めて名前を口にし、「春香、大丈夫、大丈夫だ」と西島秀俊はハルを見送る。

駅のホームで、浪板海岸の「風の電話」に行って事故で亡くなった父と話をするという少年に出会い、ハルもまた「風の電話」へ一緒に行くことにする。ラストは、ハルの電話ボックスでの父や母への語りが、長回しで描かれる。旅でいろいろな人に出会って、気持ちが少しずつ生きる方向へ動き出し、その自分の気持ちを整理しているような語りであった。

ヒキの映像の長回し、そのたっぷりとした間合いの中で、台詞がなくてもその佇まいで、心の悲しみやわずかな心の変化を表現しているモトーラ世理奈の魅力が伝わる映画だ。食べるシーンがやたらと多いことが、生きることと繋がっていく。ドキュメンタリー的な作りの中で、ご都合主義的な設定や意味性のある台詞が入ってくることに違和感を感じた。虚構性がわざとらしく感じられるのだ。
諏訪敦彦監督と西島秀俊のコンビは、1997年の『2/デュオ』から繋がっている。


2020年製作/139分/G/日本
配給:ブロードメディア・スタジオ

監督:諏訪敦彦
脚本:狗飼恭子、諏訪敦彦
企画・プロデュース:泉英次
プロデューサー:宮崎大、長澤佳也
撮影:灰原隆裕
照明:舟橋正生
美術:林チナ
編集:佐藤崇
音楽:世武裕子
キャスト:モトーラ世理奈、西島秀俊、西田敏行、三浦友和、渡辺真起子、山本未來、占部房子、池津祥子、石橋けい、篠原篤、別府康子、三宅唱

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ヒデヨシ(Yasuo Kunisada 国貞泰生)
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