映画『花腐し』荒井晴彦~幻想と幽霊と性と女~
画像(C)2023「花腐し」製作委員会
男二人が過去の女を思い出しながら語り合ういじましい映画なのだが、最後のところに来て「おぉっ!」と驚いた。これは『雨月物語』なのかと。つまり幽霊譚なのだと。思えば、取り壊そうとしている古いアパートに一人だけ居残っている男(柄本佑)を説得するために乗り込んでいく綾野剛が、石階段を昇る場面で途中から雨が降っている。それは晴れた天気の中でいかにも降らせている人工的な雨で、その中を雨に濡れながら歩いて行く場面があった。つまり、あの雨の石階段からこの世ならぬ場所へと行く話だったのか、と思った。
ラスト、綾野剛が起きると、誰もいなくなった部屋。柄本佑と女たちの存在も消えている。そして机の上のパソコンには「花腐し」のタイトルのシナリオがある。これまでの柄本佑とのやり取りが全部書かれてある。綾野剛は祥子(さとうほなみ)の相手が桑山(吉岡睦雄)だったと聞いたとき、「そうか」しか言わなかった。その後悔している自分セリフを書き換える。「祥子を殴る」・・・と書いて、今度は「抱きしめて、唇を重ねる」と書き換える。過去の悔やんだ思い出を書き換えるように。そして、部屋を出て階段を降りて綾野剛が廊下の鏡を見つめていると、鏡の奥、アパートの外から、死んだ女、さとうほなみが入ってくるのだ。白いワンピースを着て、階段をゆっくり昇って、綾野剛に一瞥してまた昇る鏡越しのショット。そして昇った廊下から振り返ってニコッと笑う。そしてあの部屋に入っていく。綾野剛はその後を追って部屋の扉を開ける。その綾野剛の顔のアップで映画は終わる。死んだ女、祥子(さとうほなみ)があのアパートに居着いている幽霊というわけか。そして柄本佑も幽霊的使者だったのか。
山崎ハコ(韓国スナックのママで出演)の歌声がバーの中から聞こえ、荒井晴彦はいつものように音楽へのこだわりを見せる。以前に撮った『身も心も』では下田逸郎の「セクシィ」(石川セリ)を使っていたが、今作のラストは「さよならの向こう側」(作詞:阿木燿子,作曲:宇崎竜童/山口百恵)だ。この曲のカラオケの二人の熱唱になんだか胸が熱くなった。先輩の桑山がひたすら見つめているなかで、さとうほなみが歌う場面しか振り返りシーンではなかったのに、最後の最後で綾野剛がさとうほなみと一緒にデュエットで熱唱する。あんなに低い気だるいトーンで栩谷という男の役の芝居をずっとしていた綾野剛が、ラストのカラオケでは熱唱していた。評判の高かった映画だが、それほどでもないなぁ、なんて思っていたが、最後の幽霊のくだりとカラオケにはゾクッとした。
綾野剛と柄本佑が語り合う現代の場面をモノクロ映像で描き、さとうほなみとの過去のそれぞれの思い出をカラーで描くという手法。部屋で、酒場で、グダグダとタバコを吸い、酒を飲みながら過去の女の話をする二人は、どこか似ている感じもある。しかし、柄本佑は子供が出来て産んで欲しいと頼み、シナリオライターの仕事から見切りをつけようとし、さとうほなみは女優を諦めきれずに子供を堕ろした。一方、綾野剛は、家族なんか欲しくないと言って子供を拒否し、さとうほなみは産みたいと言った。夢を引きずりながら、人生を切り開けずに、夢を言い訳にして熱も冷めてウダウダと暮らしている男。好きな女は別の男と死んでしまった。
現代のモノクロ映像ではずっと雨が降っており、過去の綾野剛とさとうほなみが出会うシーンでも雨が降っていた。荒井晴彦脚本、神代辰巳監督の『赫い髪の女』でも、ずっと雨が降っていたような気がするが、雨に閉じ込められて花が腐っていくように、過去の思い出を語りながらの自己憐憫、腐臭を放つような堕落といじましさ。冒頭のピンク映画監督の桑山(吉岡睦雄)と女優の祥子(さとうほなみ)が心中して海辺に打ち上げられる場面がなんだかフィクションめいていて、現実感がない。ピンク映画監督である綾野剛とシナリオライターである柄本佑、そんな分身のような荒井晴彦自身のピンク映画へのオマージュも感じられるが、ダメダメな男たちの愚痴のようにしか見えない。ただ、過去ばかり振り返っているダメな男たちを死んだ女が見つめているという構図は、上手く出来ていると思った。川上皓市の陰影ある映像が素晴らしいし、初めて観たさとうほなみも飾らない感じが魅力的だった。
2023年製作/137分/R18+/日本
配給:東映ビデオ
監督:荒井晴彦
原作:松浦寿輝
脚本:荒井晴彦、中野太
製作:與田尚志、桑原佳子、川村英己
プロデューサー:佐藤現、田辺隆史、永田博康
共同プロデューサー:末吉太平
撮影:川上皓市、新家子美穂
照明:佐藤宗史、川井稔
録音:深田晃
美術:原田恭明
編集:洲崎千恵子
音楽:柴田奈穂 太宰百合
キャスト:綾野剛、柄本佑、さとうほなみ、吉岡睦雄、川瀬陽太、MINAMO、Nia、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座美代子、奥田瑛二
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