また一つ、消えゆくレトロ
奈良県の東南部、高松塚古墳で有名な明日香村と桜の名所、吉野の玄関口と言われる大淀町の間にある町が高取町です。
この町では毎年3月のひな祭りの時期になると、町屋のひな祭りと言う町全体でひな飾りを行うお祭りが行われるのですが、なんと今年限りで終了してしまうという話を聞きつけて急遽出かけてみることにしました。
雨にも負けない張り子の雛
奈良県では高取町に限らず、ひな祭り時期になると何かしらのイベントを行うところがいくつかあります。中でも大和郡山の「大和な雛まつり」は全国的に有名ではないかと思ます。
あちらは人口約8万人の大和郡山市全体で雛飾りしてるんじゃないかと言うほどなので全部見て回るのに丸一日かかりそうなほどの規模ですが、人口6000人余りの高取町のひな祭りは町の中心部である土佐街道沿いに50か所余りで小じんまりとした感じであることは否めません。
しかし飾られてる雛人形は江戸時代の武家屋敷が立ち並んでいたころから代々受け継いできたというもはや歴史的価値があるのではないかと思われるものも含んでいて見ごたえでは引けはとっていないのではないかと思うものです。
また、通りに面した屋外に大きな張り子のお雛様が飾られています。この張り子。どうやら耐水/耐候性なのだそうで、こういう屋外に飾るお雛様は少なくとも自分の知る限りでは高取町以外で見たことはありません。
やはり過疎に苦しむ小さな町
昔はもっとたくさん、100か所ぐらい、それも各家々が先祖代々受け継いできた雛人形を飾っていたのだそうですが、町全体の世帯が高齢化してきて家そのものがなくなってしまったところもあり、今では50か所ほどに減ってしまったこと。イベントの運営を行う町の運営委員の皆さんも高齢化により減ってしまい、これ以上イベントを継続することは困難になってきている。というのが実情であるらしいです。
始めの方にも書きましたが、高取町は高松塚古墳で有名な明日香村と桜の名所である吉野という大きな観光地二つに挟まれたような場所にあり町全体の地形も山と谷が連なる地形で、大規模な農業にも産業にも向かない所であるようです。
1200年以上前の飛鳥時代から朝廷直々に薬草狩りが行われたという事もあり、薬の町として栄え「大和の薬売り」と言えば高取出身者の事であった言うので、歴史はあるのですがやはり過疎の問題からは逃れられないようです。
いつまでも残っていてほしいのだが
この辺の事情はお祭りの運営委員の方や、新しく町に移住していた方などから話を聞いたり、「高取町史」という1000ページ余りもあるかなり長大な町の歴史を記録した本を読ませていただける機会があったので、そういったあまり一般には出回らない話などを聞いてみて、若い人たちがなかなか定着しないという事なのかなあと憶測したりしています。
個人的にはこの高取町。交通の便に少々難点があるかなとは思うのですが、町の中心地である土佐街道沿いは壷阪寺や高取城に続く城下町であったという点なんかは岸和田の紀州街道沿いの街並みに共通するところがあるように見えて、それでいてもっと山里の雰囲気も併せ持っている部分なんかは忙しない日常から逃れたい。と思った時に一番近くにある隠れ里の雰囲気がすごくいいんじゃないかと思っています。
それはつまりすぐ近くにある明日香村や吉野のような観光地になってしまうと、落ち着いた雰囲気が失われてしまって今の高取町に感じているいいところが失われてしまうんじゃないかと危惧しているという事なのですが、かといってこのまま過疎るに任せていたらこういうお雛様を飾り付ける伝統的な文化そのものがなくなってしまうという訳で、古くてもいいところを残していくのは難しいものです
ともかく、今年で町屋の雛祭りは見納めとなりますが来年以降は土佐街道を上がった先にある壷阪寺での雛祭りは継続して行われるので伝統的な雛飾りが完全にみられなくなるという訳ではないという事です。
それと、先ほどから若い人たちが定着しないと書いてましたが、それでも少しづづ町の外からやって来た若い人たちが移住してきているようで、昔ながらの地元スーパーが閉店してしまっていた一方、新しい今風の飲食店やギャラリーなども出来ているので次の一手が出てくることを期待したいです。