第9回: ポストコロナ時代のインバウンド戦略

2020年3月25日掲載

新型コロナウイルス感染症(COVID19)の感染拡大が続いています。中国での騒動を対岸の火事のように見つめていた日本も今では自粛ムード一色。WHO(世界保健機関)によるパンデミック(世界的大流行)宣言以降は、世界中で人の移動が制限されています。この混乱はいつになったら収束するのか。先が見通せない中、日本のインバウンド業界はどうしたらよいのでしょうか。今月は終息した後の「ポストコロナ」時代に備えて、インバンド業界で今考えておくべき施策について考察します。

誘客の多角化が求められる

日本のインバウンドは長らく「極端な東アジア偏重」と言われてきました。2019年で見ると、全訪日客約3,190万人のうち東アジア諸国(中国・韓国・香港・台湾)の合計は約2,240万人、実に70.2%にも至ります。10年前の09年は約679万人のうちの約60%であったことから、東アジア偏重は10年に渡って拡大していたことになります。

この間政治的な問題を起因とした12年の中国人客減、19年の韓国人客減が起こる度に訪日客の多角化が叫ばれてきましたが、状況は改善していません。19年の訪日外国人消費額は4兆8,000億円で、このうち中国・韓国・香港だけで53%のシェアがありました。これが今では入国禁止によって期待できないのですから、インバウンド業界にとって深刻な打撃になっているのは間違いありません。

第9回(通算50回)_図1_スクショ

ここでその他の訪日客を見てみましょう。チャートは東アジア諸国に次いで多い国別の訪日客の実績を示しています。過去10年で大きく伸びたのは米国。次いでタイ、豪州、東南アジア諸国連合(ASEAN)が続きます。近年インバウンド業界が進めてきた「東アジアの次は欧米豪からの誘客を」の根拠がここでも確認できます。

CAGR(年平均成長率)にも注目しましょう。アセアン主要6カ国のうち、シンガポールを除く5カ国で20%前後の高い伸び率を示しています。CAGRが20%ということは4年弱で2倍になると試算されますので、インバウンド業界が「次はアセアン」と考えるのにも肯けます。ただ主要6カ国といってもそのニーズは随分と異なります。

サービスの多層化が求められる

チャートは各国訪日客のニーズをまとめています。これは私自身が現地の旅行代理店や訪日客のアテンドを通じて感じている主観的なものです。ご覧のように食事はもちろん買い物についても国によってニーズは異なっていて、「多様性こそがASEANの特長」と言われる所以がわかります。

第9回(通算50回)_図2_スクショ

ポイントを端的に申し上げると、「多様性から多層性への対応」です。ここでの多様性への対応とは、レベルが似通った異なるニーズに応えることを意味します。多層性への対応とは、レベルが異なる特別なニーズに応えることを意味します。

一例を挙げましょう。私が二組のムスリム(イスラム教徒)客をお迎えした体験です。一組目はインドネシアからのお客様で、ハラールのマナーに従った日本食レストランを案内しました。これはいわば多様性への対応です。一方、別のサウジアラビアからのお客様は、ご案内したレストランを大変気に入られ、「あすは借り切りたい」とリクエストされました。突然のリクエストに私含め関係者は対応に四苦八苦しましたが、これはいわば異なる「層」からのニーズに対する、多層性への対応です。

この例を極端だと思われる方も少なくないと思いますが、似たような例は他にもあります。マレーシアのお客様(華人)は、重要な案件はニセコ町(北海道)で契約されています。マレーシアで交渉がまとまらない場面で交渉相手に「ご家族と一緒にNISEKOへいらっしゃいませんか」とお誘いし、その相手がスキーを満喫された後に交渉に持ち込むのです。成約率は非常に高いそうで、ニセコ町をビジネスの場所として使っているのです。日本ではかつてゴルフ場での商談が多かったものですが、アセアンでもこうした「層」が出現しているのです。

「その他」に分類されている多層的な潜在顧客

多角化を考えた場合、欧米豪とASEANの次はどこでしょうか。私が注目しているのは「その他」です。訪日客の推移は、日本政府観光局(JNTO)が発表する「訪日外客数」などで知ることができます。それはアジア、欧州、アフリカ、北アメリカ、南アメリカ、オセアニア、無国籍・その他と7エリアに分けられた中に38カ国・地域が国名別に記されています。さて、38カ国・地域で十分なのでしょうか。ちなみにシンガポールの外国人客の統計では、世界を10エリアに分け、42カ国で記録しています。

日本とシンガポールの統計の違いは、中東諸国の扱いで顕著です。シンガポールは、イラン、イスラエル、クェート、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)を「西アジア」としています。日本はイスラエルを「アジア」としている以外は、中東諸国がリストにありません。おそらく「その他アジア」として整理しているのではないかと考えますが、今のところニッチな扱いになっています。

中東といえば、今年はドバイ万博、2年後にはサッカーのFIFAワールドカップが開催される予定です。石油産出国の富裕層が多いイメージが強いエリアですが、今後は中間層の増加が見込まれています。インバウンド誘客の多角化には時間がかかることは過去10年の結果を見ても明らかです。未来の市場にも今から取り組んでおくべきではないでしょうか。

掲載誌面: https://www.nna.jp/news/show/2021910


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