第44回:ムスリム客対応の本質
2023年2月22日掲載
「ムスリム(イスラム教徒)対応は難しい」「ハラール(イスラム教の戒律で許されたもの)対応は手間がかかりすぎる」――。東南アジアからの訪日客が回復傾向にある中で、こうした声を再び聞くようになりました。一方で、「今日も団体予約が入りました。10名様のうちムスリムは2名様です」「イフタール(ラマダン期間中の夕食)の予約が増えています」―――といった声も聞きます。前者はお手上げ状態、後者は嬉しい悲鳴という全く逆の現象が起こっています。これはどういう事なのでしょうか。そこで今回は改めてムスリム客対応について考察します。
■ありがちな勘違い
突然ですが質問です。次の5つのうち、あなたはいくつ「Y E S」だと思われますか。
(1)ムスリムのお客様対応にはハラール認証が必要だ。
(2)ムスリムのお客様にはカレーを提供すればよい。
(3)ムスリムのお客様はお酒がある場所へは行かない。
(4)ムスリムのお客様は生ものは召し上がらない。
(5)ムスリムのお客様は醤油やワサビはお好きではない。
答えは「人による」です。そりゃそうだろうと思われる方は、すでにムスリム客対応の本質を理解されています。そうです。ムスリムと言えども人によって嗜好も行動も異なります。ムスリムではない一般の日本人と同じ。よく考えればわかることです。
しかしながら実態はそうではない「やってしまっている」例が各地で頻発しています。ムスリムのお客様に良かれと思って現地から輸入したカレーを提供したり、お祈りスペースは設けたのに食事は提供しなかったり、お酒を飲むのをいちいち咎めたりといった具合です(自国ではない海外でお酒を嗜んでみたい方もいらっしゃるのです)。
理解しておくべきは、ムスリム客を画一的に捉えるべきではないという事です。しかもイスラム教に関する中途半端な知識だけで対応するのは、ともすれば「やってしまっている」につながります。では、先述の質問を引き合いに解答例を述べます。
(1)認証は必ずしも必要ではありません。むしろムスリム客の判断に足る情報開示が求められています。
(2)確かにカレーはお好きですが、旅先で食べたいのは地元のものです。
(3)確かに行かない人もいますが、隣で飲んでいても気にしない方が多いです。
(4)年配の方は生ものを避ける傾向がありますが、多くのムスリム客は寿司が大好物です。
(5)醤油もワサビも一般的に好まれていますが、アルコール不添加の醤油を持参されている方もいらっしゃいます。ワサビは大人気で、日本人以上にお好きなのではないかと思うほどです。
いかがでしょうか。「人による」がご理解いただけるのではないでしょうか。この「人による」ニーズを捉えているのが先述の嬉しい悲鳴であり、捉えていないのがお手上げ状態というわけです。
■それでも日本は「人気の旅行先」
嬉しい悲鳴よりもお手上げ状態が多い中でもムスリム客は来てくれるのでしょうか。全国各地から問い合わせられるのは、対応できるようになってから誘客するのか、来てもらってから対応するのかという相談です。つまり卵が先か鶏が先かです。いつの時代もこの議論はありますが、ムスリム客について言えば、議論をよそにすでに各地を訪れ始めている状況にあります。
図はムスリム客にフレンドリーな国別ランキングと「ムスリム旅行者が2023年行くべき旅行先」として報じられた調査結果です。日本はマレーシア、トルコ、モルディブといったムスリム国家を抑えて1位にランクされています。記事によると、日本はユニークな文化、美しい自然、長い歴史といった魅力に加えて寿司やラーメンについても言及されており、日本食への期待の高さが伺われます。ムスリム客といっても一般の日本人と同じく旅先では地元のものを食べたいのです。
図の左のランキングはムスリムフレンドリーな国のランキングです。本コラムでも毎年その結果を解説していますが、日本は2013年以来ランキングが上昇傾向にあり、昨年はグローバルランキングで34位、非ムスリム国家として6位にランクインしています。この二つの調査結果からは、ムスリム客からの訪日ニーズは強い一方で国として受け入れ環境が途上であるというギャップを確認することができます。
■自分都合の勘違いは国を滅ぼす
「ムスリム客対応は難しい」「ハラール対応は手間がかかりすぎる」―――といった声は今に始まったことではありません。東南アジア諸国からの訪日ビザが緩和になった2013年ごろからありました。中には真剣に検討した結果断念した例もありましたが、多くは「面倒だ」という例が大半だったと私は感じています。
多くの企業はビジネスとしてムスリム客対応を捉えていますので、結果はいつどれくらいのインパクトが出るのかを重視します。しかし結果はすぐには出ません。加えて訪日ムスリム客は当時の東アジア諸国からの訪日客の10分の1にも満ちませんでした。結果として対応できない理由を列挙することとなり、ともすれば自分都合の勘違いを押し通すことにもなったのです。
「日本は遊びに行くところであって働きに行くところではない」―――。かつて私は同僚であったベトナム人女性(当時20歳前後)に日本の閉鎖性を指摘されたことがあります。コロナ禍を経てあれから10年が経ちますが、日本の閉鎖性はますます世界に知られることとなり、訪日客は戻りつつあるものの住んで働いてくれる生活者は増えないという状況が続いています。2050年には世界最大の宗教徒になると言われているムスリムへの対応すらできないのであれば、外国人はいつか日本へは遊びにも来てくれなくなるかもしれません。空前の人手不足は法の未整備によるものだけではなく、日本の閉鎖マインドにも起因していると私は考えています。
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