齢30、ラーメンの奥深さを知る。
〆のラーメン。
かつてそれは、まるで解散するまでの楽しい時間の延長のような、なんだか心躍る時間であった。
そんな〆のラーメンがわたしの生活の中から消えて久しい。主にその理由は、3つある。
まずこの流行病。言うまでもなく誰かとご飯に行ったり、集まったりという機会がほとんどなくなった。
2つ目。周りの友人たちも家庭を持ち、子どもが生まれるなどのライフステージの変化により、行くとしても晩ではなく、圧倒的に昼になった。昼にランチを食べたら、二軒目はラーメンではなく、カフェがお決まりなのである。
3つ目。わたしは今より痩せようと決意し、ゆるゆるではあるが、ダイエッターになった。よって通常の食事にプラスして、ラーメン一杯食べるにあたり、消費しなければいけないカロリーがいやでもよぎってしまうようになったのだ。
普段そんな食事に対して厳格なルールを定めているわけでもなく、動いたら好きなもの食べていいでしょスタンスのわたしだが、夜遅くのラーメンとなると、さすがに抵抗を感じる。
昔豚骨系のラーメンを夜遅くに食べて、翌朝お手洗いにこもる羽目になったこともその抵抗の理由の一つでもあるのだが。
という理由で、〆のラーメンとはしばらく縁がなかったわたしだが、ある日いきなりその機会はやってきた。
彼と京都に泊まり、晩御飯であるおばんざいの小料理屋を出た後、
「〇〇が美味しかったね。」「あれ、家でも似たようなもの作れないかなあ。」なんて、程よく膨れたお腹をさすりながら歩いていると、
彼が「まだやってるラーメン屋があったはず、、、」なんて呟き、おもむろに検索し出したではないか。
内心、ええ、、、と気が進まないわたし。
だって、もう夜の10時過ぎよ、、、こんな時間に、、ラーメンかあ。
まあでも、ラーメンの口になっていそうな彼は心持ちなんだか楽しそうだし、たまには非日常の〆ラーメンも悪くはないか・・。
ここに白状しよう。
わたしは、友人にこんなことを言ったことがある。
「ラーメンってさ、美味しいけれどラーメンはラーメンで、期待を超えてくることってないよね。」
真のラーメン好きの方からすると、眉をしかめられそうな言葉である。
食べることを、愛するわたしだが、実はラーメンには特別の愛はない。
美味しい、とはもちろん思う。醤油、豚骨、塩、味噌、どの味も好きだ。
ただ、ラーメンはどこまでいってもラーメンであり、大きく期待を上回ることはなかった。
そして、お寿司や焼き肉、スイーツのように、ああ、今食べたい!と熱烈にこうことも、あまりない。
そうこうしている間に店に着いた。もう深夜も近いというのに、店は繁盛している。
人気店なんだなあ。うーん出来たら、ハーフサイズくらいがいいけど、ないのかあ。
じゃあ、普通盛りで。え?大盛り?絶対いらないいらない。
目の前に置かれたラーメンを見ると、「夜中にラーメンなんて」なんて感じていたのはどこへやら。
そして、一口すすると、、、。
え?なにこれ。めちゃくちゃ美味しい。出汁の旨味がじわあっと広がる。
何、このラーメンのジャンル。さっぱりしているんだけれど、貝の旨味がこれでもかってくらい押し寄せる。深い味なのに、あっさり。あっさりしているのに、濃い旨味。
そんなスープとともに、麺があれよあれよという間に、するする消えていく。
最後の一口が名残惜しい、まだもっと食べていたい、なんて思ってしまった。というか、足りない。
そして、最後の一口まで綺麗に飲み干す。
脳裏に再生されたのは、いつの日かの、ちょっといいお店の板前さんのお言葉。
鮮やかな包丁さばきが視界の隅に見えるカウンター席。
お吸い物の美味しさに感動しつつ、その言葉を神妙な面持ちで聞いていたっけ。
そんな板前さんの言葉を、ラーメン屋さんで思い出すとは思わなかったな。
わたしも彼を見習って大盛りにしておけば良かった、、と思いながら、空になってしまったラーメン鉢を見つめる。
彼の「ほら~。」という、してやったり顔がなんだか、悔しい。
そして翌日、お腹が痛くならないだろうか、、、と心配していたが、微塵もそのような気配は見せず、わたしの胃はすこぶるいつも通りだった。
わたしが、あまりに美味しい、美味しいと感激していたからだろうか、
「ここもぜひ、食べてみて。」
と彼はしばらくしてから、有名店らしい他のラーメン屋に誘ってくれた。午前中ゆっくり過ごし、店の前に着くであろう時間は、午後2時半。
お昼時でも晩御飯時でもない時間だ。いつも混んでいると聞いていたものの、さすがにこの時間じゃ並んではいないだろう、と高をくくって店前に着き、目を見張る。
そこには、予想をはるかに超えた長蛇の列・・・・。
もちろん今まで、わたしはラーメン屋に並ぶといった経験もなく、ラーメンを食べるために並ぶなんてよっぽど好きな人たちなんだろう、、、と横目に通り過ぎてきた。
が、今のわたしはちょっと違う。そんな美味しいラーメンなら、と並びながら、期待が高まるばかりである。
45分並び、ようやく店に入る。わたしが選んだのは、また貝系ラーメン。蛤と牡蠣なんて、なんて贅沢すぎるコラボレーション。
ここも例にももれず、スープが美味しすぎた。優しいんだけどコクがある、繊細な味。
一口、口に含むと、深い旨味が駆け抜ける。
もっと味わっていたいのに、すうっと胃に滑り落ちていく。きっと滋味深い味って、こういう味を言うんだろう。
フードジャーナリストでもエッセイストでもある、平松洋子さんは、出汁についてこう語る。
まさに、そんな感覚になった、二杯のラーメン。
食べ終わり、もう一口食べたいなあ、という気持ちにさせられると同時に、ほっと心がまあるくなって、こんな美味しいものを食べられて良かったな、と思わされるラーメン。
たかがラーメン、されどラーメン。
期待を超えてくるラーメン、ありました。
どうやらわたしは、これまで自分に合うラーメンに出会っていなかっただけらしい。
また新たな食の扉が開いたような気がしてならない。
おまけ
ちなみに彼が頼んだのは、トリュフ白湯、こちらも美味しかった。貝の出汁に比べ、もったりとした少し重めのスープ。カルボナーラか?みたいな濃厚さなんだけど、しつこさはない。鶏白湯ってこんな濃い味だったんだなあ。