春の夜
高所恐怖症なので、
壁からはみだして
宙に浮いたようなベランダや
出窓の耐久性は信用しきっていない。
意を決して二階の出窓に身を預け
窓ガラスを拭いた。
半分開け放ってレールを拭く時などは
地面に吸い込まれそうでヒヤヒヤする。
くすんだ薄黄色のレースのカーテンを
白くてサラサラしたものに変えた。
春のふとんに変えたベッド、
風のない静かな夜。
ときどき戻りながら、
ときどき意味のわからぬまま
素知らぬ顔で通りすぎながら
足穂を読む夜。
ベッドの中にもぐりこんだ足先は
靴下がなくても冷えなくなった。
ピーコ ピーコ聞こえてきた耳鳴りは
眠れば消えてしまうとわかっているから
気にしない。
春の夜。
本を持つ手は寒がらなくなって
やわらかくページをめくる。
ときどき戻りながら、
ときどき意味のわからぬまま
素知らぬ顔で通りすぎながら…
またいつかわかるかもしれないし、
ずっとわからないのかもしれない。
春の夜、
足穂を読む夜。
なんて心地いいことか。
この本は一生楽しめる。