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『湘南怪獣部』 by 令和寛(TAGA)

僕はロングスリーパーで、始業式初日、学校に着いた時には全ての授業が終わっていた。

「失礼します」
職員室の扉を開けると、数学教師と思われる知らない先生が大きな声で話しかけてきた。
「どした?」
弱々しい体格に、眼鏡姿、年齢20代前半といったところか。弱々しい体格というところだけ僕と同じで、あとは、どこも似ていなかった。
「遅刻しました」
「は?遅刻?」
先生は言動を強め、僕をじっと見つめてきた。
「すいません」
「いやいや、授業とっくに終わってるよ、クラス名簿持ってる?」
「いや…」
視線を落とすと、先生は僕の肩に手をポンと置いてきた。
「いいか、ここは進学校ではない。遅刻を怒るような先生はいないけど、不良に目をつけられても、止めてくれる大人もいないぞ」
僕は心臓がドクッとなった。
「ん…?右手に持ってるのは、…エロ本か?さすがに没収だ」
先生はニヤニヤしながら、僕が右手に握っていた本を取り上げた。
「違…」
人見知りな僕は、抵抗を唱える言葉がいつもとっさに出てこない。
「な、なに…宮沢賢治だと…。すまなかった」
先生は肩を落としながら、本を返したが、僕にはかえってそれが恥辱だった。こんな不良高校で宮沢賢治なんて読んでるってバレたらネタではない、冷ややかな笑い者にされるだろう。触れないでほしかった。
「二宮金次郎君(おそらく本を読む姿から)…いや失礼、まだ名前聞いてなかったな」
早速先生にいじられた。
「川口レイです」
「川口君か、ちょっと待っててな」
少しの間まつと、今日の分の資料を持ってきてくれた。
「よいか、学校始まるのは8:30だ。それまでに登校だからな、忘れるなよ」
「わかりました」
「んじゃなまた、ニノ!」
扉を閉めると、職員室内が少しざわついた気配がしたが特に気に留めず、人気が少なそうな場所を探すため適当に構内をうろついた。

男子トイレからは、
「なめんなよ、クソガキッ」
というセリフと暴力音が漏れ出ていて、自然と足早になった。

登校してから、20分も経っていないが、脳内はすでに不登校の方向で調整をすすめている。
学校に通わずに文学に没頭しよう、それが良い。
宮沢賢治の作品なら3年間は味わえる。

勉強する生徒などいないだろう、との推理から科学室の扉をそっと開けた。僕の推理は紛れもなく文学で培ったものだ。
そして見事推理は的中し、教室には誰もいなかった。僕は席に着いて気になる資料にだけ急いで目を通す。

『部活動紹介』
ページをめくると手書きで新入生向けにメッセージが書かれていた。

「喧嘩上等、ケツバットくらいてえやつ全員グラウンド来い」
僕は反射的に冊子を閉じてしまった。
ーとんでもない学校に来ちまった。
もうちょい、中学時代に文学依存を脱却して勉強していれば…

いただいた資料を丸めてポケットにしまい、席を立ち上がると後ろからタバコの匂いがした。
ー人生ここまでか
僕は俯きながら、顔を合わせるより先に土下座をした。
「すいませんでした、新入生でここがあなたのテリトリーであることを知りませんでした。今すぐここを立ち去りますので、どうかお許しください」
命をかけた謝罪をしても、返事は返って来なかった。
顔をあげてはいけない、でも情報は欲しくて(おそらくこれから蹴られるであろう)上履きの名前を読み上げた。
「甲斐 じゅう様お許しください」
ーかいじゅう…?そんなわけないだろ…
もしかして読み方間違えた?かいおう?
耳後ろのあたりから大量の汗が溢れ出てきた。
文学でつちかった語彙から推察すると、かいじゅうで間違いないはずだったが…。

別の足音から人が、2人に増えたのがわかった。
そしてそのまま、甲斐住様ではない方の人間が後ろの机に座り足を組んだ。
「いいだろう、顔をあげたまえ」
机の上から発せられた指示に従うようにして、僕は甲斐住様の上履きから徐々に顔をあげていくと、膝のあたりで無言でビンタをくらった。
バチンッッ。
「いっっった」
後ろの机にぶつかるようにして倒れ込むと、僕をビンタしたのは少し小太りな黒髪メガネ姿の女性だった。
ー女…?しかも間違いなくインキャだぞ。

「ふはは、女の子のスカートを覗き込もうとするなんて間違いなく問題児だな。ひょっとして入部希望か?」

足を組んで座る男の先輩に話しかけられた。
「入部というより…人がいないところを探し、逃げるようにしてうろついていたらここにたどり着きました」

男は僕に顔を近づけた。
「きみ、合格だ。この部活はインキャしか受け付けない」
耳元で囁くようにトーンを下げて、続けた。
「喜びたまえ、君のキラキラ青春ライフは約束されたも同然だ」

「え??」
思わず僕は声を上げた。
文学で培った論理では、インキャに青春は結びつかなかったからだ。(驚くポイントは、他にもあるような気がしたが、残念ながら僕の驚くポイントは文学的意外性に依拠する)
「そんな嬉しいか?」
「(幻想は幻想で終わるもの、すなわち、インキャに幻想的華やかな青春が僕の論理ではどうしても)結びつかなくて」
「ああ、新入生だもんな。疑問が多くても仕方ない。副部長の私、武田信がこの部活について紹介してやろう」

武田信と部長は黒板の方へ移動したので、並べられた椅子の最前列に座った。
「新入生歓迎会第2回目を行います」
能天気な声で、説明が始まった。
「え…2回目?」
「うん、君が来る前に実はもう新入生歓迎会は終わってしまっているんだよ」
腕を伸ばす動作と一緒に答えられた。武田信副部長は無駄に動作が多く、振る舞いがブルジョワ気取りだった。
ーこんな(態度)で、副部長はこの学校で生息できるのかな
「すいません」
「いや、謝ることではない。私のおおらかな心が君を許すっ。受け取りたまえ『自動音声入力システムと、自動編集ソフトで組み合わせて即座に作成した超最先端新入生名簿』を!!」
「はい…」
渡された紙には、すでに新入生歓迎会を終わらした部長・副部長・同期の名前と、ちょっとした情報が記されていた。

部長  甲斐 住 (かい じゅう) 無口 台湾出身 【お兄様は同高校のOBでいらっしゃる】

副部長 武田信 【親が某財閥の社外取締役】

新入生

落合裕太 【元剣道部 中学時代 顧問と喧嘩して帰宅部的才能が開花 ストイック】

森雅也 【卓球部と兼部・インキャ・唯一の現役運動部の意向】
田口佳奈 【勉強好き(なお、頭が良いわけではない)】
野沢大地 【ゲーマー・メガネ・動画好き】
山内桃江 【美人・アルバイト 彼氏持ち】

川口レイ 【スカート覗き魔(要注意)】

「今年も君を筆頭に問題児が勢揃いだ」
「すいません、スカート覗き魔を、ほかの紹介文に変えてくれませんか?」
(武田)副部長は、かいじゅう様のほうを向き、へりくだった。
ーブルジョワをへりくださせるものを今のところ部長からは感じられない。

「我能改变他的自我介绍吗?」
副部長の華麗な中国語の問いもむなしく、部長は首をふった。
「だめだそうです」
副部長の胸ポケットから、バッチのようなものを取り出してた。
「スカートを覗いた事実に部長様はややおお怒りだ」
続けて僕の胸ぐらをつかみ、校章を取り外す。
「川口君に、かいじゅう部員のバッチを授けよう」
僕の学ランの襟にはライオンの絵をしたバッチがつけられた。途端、部長の横にはライオンが座っていた。

「え…?」
驚きを隠せない表情を見せる僕に、副部長が説明を始めた。
「このバッチをつけるとかいじゅうが見えるようになる。それと同時に、校内でも位が上がる。我々部員は世のかいじゅうを討伐しないけいけない。しかし、このバッチをつけている限り校内の不良に襲われることはない。ついてこい」
「ちょ、え…?」
科学室をでると、副部長は職員室の方へ向かっていった。
「ここだ」
止まったのは先ほど通り過ぎたトイレだった。

耳をすますと中から弱々しい声と怒鳴り声が聞こえた。
「もう、やめてください…」
「あ、てめぇがなめた態度とってきたんだろ?」
「お願い、誰か助けて!」
「助けてじゃねぇだろ」
連続で蹴られる音が聞こえた。
「なんで被害者ずらしてんだよ、ムカつくんだよ」
笑い声、蹴り。
どうやら複数人で1人の人間が暴力にあっているようだった。
「川口君止めてきて」
そういうと、副部長は僕をトイレに押し込んだ。
非力な僕は、暴力の現場に転げるようにして入り込んでしまった。

「いてててて」
顔を上げると、3人の不良がこちらをガン見していた。全員長身で、怒鳴り散らしていたボスはさらにそこから横にもでかく巨大だった。

「なんだてめぇ」
咄嗟な言葉が浮かばない僕は黙り込んでしまった。
「無視か?」
「俺様に向かって無視すんだな?」
(普通なら黙って逃げる、だけど、僕の脳内は文学によって構成されていて、どう脳内を整理してもSFアクションもので、敵を目前に逃げる物語はマイノリティだった)
「嫌がってるじゃないか」
「上等じゃねぇか。指切る準備はできてるんだろうな?」
ーゆ、指切り?
ボスは立ち上がり、トイレの扉を思いきり蹴飛ばすと、扉は音を立てて凹んだ。
「あー、いらいらする」
一気に近づくと、僕のむぐらを両手で掴み上げた。
「黙って去れば良いんだよ」
そのまま壁に押し付けられると、トイレの入り口付近から声がした。
「柳田君?僕の後輩にちょっかい出すのやめてもらって良いかな?」
ブルジョワ気取りな態度を、不良にも貫く副部長がとんでもなくカッコよく見えた。
「川口君も、僕の後輩としてトイレでこけないでくれないか?」
「すんません」
僕は謝ると、不良のボス柳田は両手を広げた。
「俺たちはなんもやってない、トイレ掃除してたらこいつが倒れてたから話聞いてやってたんだよ、いくぞ、オラ」
不良3人はトイレから出ていった。

といれに残るのが、3人になったところで、副部長は本を片手にあげた。

「君のセリフは50点だ。宮沢賢治で培ったメンタリティはそんなものか?雨にも負けず、風にもまけず、いじめにも負けずが筋ではないか?」

副部長は不満げな表情をしている。

「嫌がってるじゃないか、よりもそいつから離れろとかもっと堂々した台詞が欲しかったな〜なんて」

後ろで倒れ込んでる男子生徒は、出血していた。
「歩けるか?僕と契約を結んでいる医者を手配しておいたから、職員室で待っていると良い」
男子生徒は頷きながら、よろよろと立ち上がり職員室へ向かっていった。

「我々は科学室へ戻るぞ」
バッチの効果はなかったように思ったが、副部長は確かにヤンキーを追い払った。少なくとも位の低い僕は疑問を押し殺した。

「川口君、文学を嗜んでいる君に聞きたいんだが、世の中金と暴力、どっちが強いかわかるかい?」

僕は、文学的推理から結論を導いた。
「金です」
「こないだ見た作品では、学校に大量に出資してるエリートが校内で絶対的権力を握っていたので、暴力を封じ込めるのではないかと」
「それはノンフィクションか?」
僕は、頭を抱え込んだ。
「大丈夫、ここはバカ高だ。馬鹿しか集まらないから期待はしていない。けど、不正解だ」
「暴力が金より上にいる、法律よりもだ」
「では第二問だ暴力の暴走を止める手段はあると思うか?答えがわかったときに聞かせてくれ」

これから、この部活がヤンキー校で存続している本当の理由を見せてやる。
そういって科学室の扉を開けた。

「部長、ただいま戻りました」
ライオンを撫でながら、部長は教壇に座っていた。
ー部長が謎キャラすぎる。ライオンはナルニアで拝んだことがあるけど、舞台は学校でカースト最上位にしては、容姿端麗でもなければ饒舌でもない。

否、次世代文学のヒロインか?
「部長の自己紹介が私が担います」
武田先輩は唇を震わせながら口を開いた。
「小中を台湾で優秀の美を納めたのち、お兄様が3年間通われた、ここ海浦高校に入学。ご両親はお父様が台北で働かれていて、お母様がここ湘南の地のアパートに住まれていらっしゃる。カイジュウサマは文字通り、カイジュウ部の部長であるわけだが、…」

科学室の扉が、綺麗に開かれた。
あまりにお上品にあいたので、召使がこられたのかと思ったら、どヤンだった。

「カイジュウサマお迎えが来られました」

金髪のヤンキーの後ろには15人くらいのヤクザと思われる男たちが続いていた。
カイジュウサマはライオンと共にお兄様の元へ堂々と歩かれて行った。

扉が閉められると部長は雪崩落ちるようにして付け足した
「お兄様は、かつてこの高校で頭でした。高校生にして、暴走族に招集されるほどの実力で…」

「この部活が守られているのって…」
「さすが、文学少年。俺はもうタクシーを手配してある。また明日会えることを楽しみにしてるぞ」

カーディガンの上からジャケットをはおい、部長はブランドもののカバンを持ってさられた。

明日会えるのって…、こんな恐ろしい文化部があるだろうか。家に引きこもる選択肢は今日の出来事で完全に消え伏せてしまった。

スカートは覗いてないけど、覗いてしまったことになってる。もし発覚これがしたら、この地域のヤクザが家に押し寄せてくる…。
引きこもりもできたもんじゃない。

ー明日も部活へ行こう(行かざるを得ない)

バイクの爆音が校舎の3階まで聞こえてくる中、僕は教室を後にした。 

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