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過ぎ去る彼女よ、永遠にあの頃のままで
君はだいたい年に2回は必ず連絡をよこしてくる。
年始の挨拶と俺の誕生日。
俺から連絡をすることはない。
君からの連絡にただ単調に返すことがお決まりだ。
その年に2回の連絡でお互いの近況報告をする。
暮らしの変化はこれといって何もないけれど、半年分ならメッセージは行ったり来たりを短いスパンで繰り返す。
君はいつの間にか制服を脱ぎ捨てて社会人になっていた。
会う頻度は4が3になり、3が2になり、2が1になり、そして0になった。
今までが高頻度で顔を合わせ過ぎていたのだ。
机に向かって参考書を解いている君の姿は幼くて、触れたら壊れる脆い陶器のような心の持ち主だった。
隣で見ていたはずなのに遠いところに君は歩いて行った。
そして俺もいつの間にかつまらない大人になっていて随分と汚れてしまった。
君に初めて触れた時、どうにかなってしまうのではないかと狂いそうだった。
白く清い石鹸のような香りをふわっと漂わせて、柔らかい肌に添わせた時の幸福感は忘れられない。
きっと後にも先にも味わえないだろう。
過ちを犯したんだ。
失敗したと後悔したけれど、それはすでに遅かった。
君は飽きもせず連絡をよこしてくれていた。
優柔不断で不甲斐ない俺のせいで君を待たせ過ぎてしまった。
その間に君は強く美しく成長していた。
もっと早く君に心を素直に解放しておけば、今頃一緒に居れたのかもしれないのに。
カーテンから差し込む光が眩しいと目を細める君が愛おしくてベッドから抜け出せない朝を迎えたり。
休日はだらだらと昼過ぎまで抱き合ったり。
君が好きなオムライスを不器用なりに作って仕事から帰宅する君を全力で喜ばせるのも。
夜中にコンビニへ、てくてく散歩をして、君が食べたいお気に入りのアイスを買って月を眺めたり。
ぜんぶぜんぶ、俺が隣で独り占めできたのに。
君は俺の知らない誰かと一緒になるんだね。
「私のこと、好き?」
俺の腕の中で、いまにも不安で泣きそうな顔でそう聞いてきたあの声が耳元で蘇る。
何も答えてやらなかった自分が憎い。
それでものちに数回、君を腕に抱えたのは欲に負けたからだ。
無防備にも俺に預けくる、その柔らかく清い君の全てを好き勝手にその時々だけ自分のものにした。
その度に君に少し期待を持たせては落胆させる始末だった。
君が気づいていた通り、俺はどうしようもなく汚い人間だった。
君が着替えている間に必死に君の痕跡を消そうと躍起になってコロコロをかけたりゴミをまとめている愚かな姿に呆れていたのも知っているさ。
洗面台の歯ブラシが2本あるのを確認して「お手洗いに行ってくる」と言って、トイレの中で啜り泣いていたことも見て見ぬ振りをしたのさ。
そして一人になってからようやくその醜い姿に自分自身で向き合うことになった。
君からの連絡を待っているだけの何もできない男さ。
どうか幸せに、なんて言える立場でもないけれど、少しは願わせてくれ。
君に何かあれば次こそ必ずいちばんに駆けつけてみせる。
そんなチャンスは二度と来ないのだろうけど。