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へだたり

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ことばが届かない距離を ことばで埋めようとするこころみ
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2021年7月の記事一覧

私信

ふっといなくなってしまって 不在だけが残る どこまで遠いところにいるのか測れないから そこはこの受話器からの声が届くところですか 一方的な声は不在を埋めることなくむしろ際立たせ でも受話器から手が離せないんだ 失ったのか奪われたのか旅立ったのか 自分を責める権利があるのかどうかも分からない ここにはたしかな不在があって部屋の外には昨夜からずっと続く雨音 そしてこのスノーノイズの向こうにその声は紛れてしまっているの? こことそこはほんとうに繋がっていますか受話器が耳に熱い 痕跡

あった光

午前4時ヨガマットをしいて部屋の真ん中に三角座り なるべく小さく低い姿勢でいよう何故なら窓から誰かが吹き矢で狙ってくるかもしれないから的は小さい方が安全なのだ まぁ死ぬ時は死ぬけど こうやってわたしは今、積極的に孤独を獲得しようとしている と、誇らしげに目を上ぐ。 なんつっておきながらしかし実態は膝を抱えている こうして言葉と実情が乖離して実態経済は悪化の一途を辿る死ぬ人は死ぬ時代 カップ麺のフリーズドライのネギが嫌い許せないあれはネギじゃないしあとバランス的に量多い ネギ

慈悲への抗戦

時間が解決すると知っているなら何故それに逆らおうとするのか この傷が本当は治っていってほしくないのか 特定の「誰かが」とか「何かが」とかではなく、世界が俺に与えた傷だから これは俺の傷で、俺と世界との闘争においての負傷であるという矜持 「この話にハッピーエンドはありません」ハッピーエンドはない 忘れないというのが唯一の抗い 不親切で器量の良くない世界に対して俺ができるすべて 優しげな顔で忘却の魔法をかけようとする時間への徹底抗戦 克明に正確に包み隠さず記しておくことだ 時

ダンスはうまく踊れない

誰のための言葉だこれは 正面から悲しみを照射されて眼を灼かれながら、背後にできる影の形を懸命に捉えようとする 絶えず気まぐれに変わるその輪郭線に、描線がぴったりと一致する瞬間は確かにあった でもそれはどこにデリバリーされるのでしょうか 何十年も前に開かれた万博会場の、今は見る影もない広場の淀んだ池の奥底にひっそりと沈殿するだけ? 虚空に浮かんだまま仏になるわけでもなく、時とともに薄れていくだけの空気のふるえ データの海に凍りつかせても、いつか溶け出した日にはもう違う音として響