銀河フェニックス物語 <番外編> 朝のルーティーン ショートショート
厄病神の宇宙船『フェニックス号』で出張に出かける日は、とにかく気を付けなくてはならない。契約がうまくいかないというジンクスがある。
それには秘密がある。ということを、わたしは知っている。
『フェニックス号』の船主、つまり厄病神が、わたしの彼氏、レイター・フェニックスだ。
朝食のためにリビングへ入ると、レイターがあくびをしながらモニターをのぞき込んでいた。どうやら居間のソファーで眠ったらしい。
「何見てるの?」
「あん? 株式相場」
モニターに次々と変化していく数字とグラフが映し出されていた。わたしたちアンタレス人は数字に強いけれど投資のことはよくわからない。
「寝てる間に地方が動くからな。お袋さんにウォッチさせてんだけどさ」
「確認するのが朝のルーティーンというわけね」
「損できねぇからな」
レイターはお金にがめつい。いつもは朝起きて自分の部屋で確認しているのだろう。
「マザーに任せておけばいいんじゃないの」
「うんにゃ、最後は俺の勘が頼りさ」
随分、原始的だ。
「取引データは人工知能のマザーの方がたくさん持ってるんだから、分析してもらえば?」
「どんなに優秀な情報処理機だって、未来を予測できるわけじゃねぇ。人の心ん中は見えねぇからな。って言ってるそばから、ほら、お袋さんの読みとは逆だ。下がってきたじゃねぇかよ。ほれ、ここで買いだ」
レイターが操作する。
「あんたの故郷の不穏な動きが微妙に影響してんだよな。表に出てねぇから俺がちゃんと見極めねぇと」
「それって、この前の技術流出の話?」
「んぱっ」
レイターが肩をすくめてごまかした。
先日、久しぶりにレイターとともに里帰りした。
ショックなことがあった。軍隊のない平和な故郷にも戦争の影響は及んでいて、敵の大量破壊兵器にアンタレスの技術が流用されようとしていたのだ。
それを、レイターが秘密裡に止めた。
実はレイターの裏の顔は連邦軍の特命諜報部員なのだ。つまり、スパイで任務に危険はつきものだ。そのため、彼のいくところには事件が起きる。よって、出張時の契約がうまくいかない。それが誰も知らない『厄病神』の秘密。
レイターが命を懸けて戦ってくれているのはわかっているけれど、見過ごせないものは見過ごせない。人差し指をレイターに向けた。
「軍の内部情報を自分の投資に使うなんて、インサイダー取引で問題じゃないの」
「いいじゃねぇか。俺が取ってきた情報だぜ」
「そういう問題じゃないわ。悪いことはしない、って約束でしょ」
レイターが人差し指を左右に揺らす。
「チッチッチ、ティリーさん、俺は、取引規制の対象者から情報を得たわけじゃねぇ。法律にゃ触れてねぇんだよ」
「違法なことはしていなくても、道義的な問題はないわけ?」
「ないさ」
「卑怯なことをしてるでしょ」
「人より情報を持ってたら卑怯なのかよ」
「パンが焼けました」
マザーの声でヒートアップしたやりとりが途切れる。
「ふぅ、朝食にしましょ」
朝から喧嘩。こんなルーティーンはもうやめたい。わたしはため息をつきながらパンにかじりついた。 (おしまい)
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出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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