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麦秋によせて〜この頃のこと。
中学の頃、通っていた家庭教師の先生の家があった。
そこのお嬢さん達は超絶優秀なことで有名で、お家の本棚には高尚な漫画がたくさん並んでいた。
わたしの“知”の部分の漫画家さんのリストは、およそこの本棚によるもので、その中には萩尾望都の漫画もあった。当時のわたしには難しい内容だったけれど物語は異国への憧れを抱かせてくれた。
もう話はすっかり忘れてしまったのだが、一枚の作画とある言葉だけは今でもよく憶えている。
少年が収穫前の麦畑に佇んでいて、そこに書かれた『麦秋』という言葉が内包する意味や景色にとても心惹かれた。夏の中に秋が在る...そうその少年は呟いていた気がする。
それは一つの心象風景として長くわたしの内側に留まった。何かの予感のようなものだったのだろうか。
あの頃は想像もしなかったけれど「いつか見てみたい」と強く願った風景は、後年すぐそばに在るものになったのだから。
麦秋とはいまごろの季節のことだ。
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ずっと見ていたい惹き込まれるような色
自分が居るのは異国だなぁと淋しさはなくそう感じた
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日曜日、友人と彼女の愛犬チャーリーと一緒にトレッキングに出かけた。
友人とは子供たちの日本語補習校で出会ったので、もう10年来の付き合いになる。
長年、犬を飼うのが夢で2年前にオランダのブリーダーから、サイトハウンドを貰い受けた。ドイツ名でWindhund - 風の犬、とも呼ばれるこの犬は狩猟犬でチーターのような姿勢で走ることができるのだそうだ。
毎日欠かさず計2時間の散歩、少し歩けば森があるこの国は犬にとってとても暮らしやすい環境だ。
私が住む周囲30キロ圏内にはトレッキングルートが沢山ある。いつか歩きたいと思いつつ、15年近く暮らしていて、やっとその “いつか” が巡って来たように思う。
友人ととりとめないことを日本語で話しつつ森を歩く。傍らにはお供のチャーリーがいる。
動物と歩いていると無意識に人間以外の目で森を見、感じている気がする。
この日は雨が降ったり止んだりの曇天だったからか、日曜日なのにほとんど人と出会わない。
ひっそりとした森や牧草地が広がるばかりだった。
降り出した雨の中を歩いていると昔は雨や曇りが嫌いだったことを思い出した。
ドイツのこの辺りの地域は夏以外は、曇りが多く雨もよく降る、そんな気候を呪うみたいに思っていた時期も長くあった。だからこの天気が好きになるとは、数年前の自分が知ったらさぞびっくりするだろう。
曇った空のひそやかな雰囲気や、しとしとと降る雨の気配が心を穏やかに優しくしてくれる。
晴天の日はたしかに気持ちがいい。気持ちが伸びやかになる。だけどちょっぴり急かされる気にもなるのだ。
「さぁこんな良いお天気なんだから何かしないと!有意義な何かを...」
そんな風に感じる。
だからか、曇りでは気持ちがゆったりとしたり、雨が降ると何かの予感を感じさせる雰囲気に心が落ち着く様になった。大気中に湿気が少ないせいかドイツの雨はあまり質量を感じさせない。
そしてたまの晴天もやっぱりとても嬉しい。
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自生のジキタリスがいたる所に咲いていた
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ピンク紫の色が緑の中に映えていた
ジキタリスの花言葉
『不誠実、熱愛』
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“アザミ嬢のララバイ”は名曲だよねと道道唄う
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この日はトレッキングしている人より、馬上の人達と多く行き過ぎた。こんなにたくさんの道ゆく馬を見たのは始めてだったが、付近に厩舎が多く日曜日の午後だったからだろう。
一見肥満な馬なのかな...と思っていたら(肥満なドイツ人を見すぎてるせいか)農耕馬だそうで、今は趣味で飼われているようだ。
皆のんびりと馬に乗って散歩をしている。
馬を飼うってどのくらい高いんだろうね
金持ちの道楽じゃないの...?
馬のオーナーになるのにどのくらいかかるのかと気になり始めた。狭い山道で行き合った大きな馬を連れたご婦人に聞いてみたら、とても詳しく教えてくれた。
厩舎代や餌代を含めて月250ユーロが基本コースらしい。人間の暮らしと同じで、もっとラグジュアリーな暮らしをさせる場合は500ユーロとか。そこには飼い主が使える施設なども含まれるが、想像よりはリーズナブルだなぁと感心した。世話をしに毎日通う必要はないそうで、数週間バカンスに飼い主が出かけても別に大丈夫らしい。
ある意味「動物を飼う」という楽しみのかなりハイレベルな、まぁそれでもお金の余裕がないとそもそも無理な話なのだが、それを云うなら犬を飼うこともドイツでは道楽の一つになる。
なにせ「犬税」というものがドイツには存在するから。犬の大きさや危険度、住んでいる地域によっても税額は違い、2頭目、3頭目と増額されるそう。
チャーリーは大型犬なので年間105ユーロだそうだ。友人の住む街には無料のフリーランが2ヶ所あったり、道々に糞を入れるための袋が設置されていたり、きちんと税収は還元されているらしい。たまに犬を連れて街を歩いていたら、税務署の人に抜き打ちチェックされることもあると云うので驚いた。
そして躾のために犬の学校にも通っているので、そのお月謝が今は40ユーロ。躾が難しいと言われてる犬種のチャーリーはこれが2校目で、月謝の高い学校から安くて厳し目の学校に転校したそう。
ある時チャーリーと道を歩いていると道路工事のおじさまが、
「いいよなぁ、オレも犬飼いてんだよなぁ
でも高いし時間ないから無理なんだよなぁ」
と呟いていたそうだ。
そう、ドイツで犬を飼うとはある程度の財力があってきちんと世話ができないと難しいのだ。
友人は並々ならぬ労力と財力をチャーリーにかけて溺愛している。手のかかる毛むくじゃらの末っ子なのだろう。去年は日本帰国も諦めていた。
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前回、5月上旬に一緒に歩いた時にたまたま見つけたブラックベリーのカフェにもう一度行きたくて、今回はその周囲をぐるっと歩くコースにしたのだが全行程23キロ。
最近始めたバドミントンで、金曜日に尻餅をついてしまい痛むお尻で歩いたら、最後はかなりやばいくらい脚も痛くなった。もちろん臀筋も激しく痛い。慣れないスポーツで無理は禁物と誓った。
道中、エネルギー補給のため昼食をとって、ゴールのカフェでまた大きなパンケーキをいただいた。
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アルコール無しのビールで
もう一生満足できるくらい美味しい
友人は地ビールを飲んでいた
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このお店に歩いて来るような人は私達くらい
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中にはブラックベリーのソースがたっぷり
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やっぱり生クリームとバニラアイス添え
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バニラアイスが最高だった
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ブラックベリーを自家栽培している
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ひなげしよりもポピーよりもコクリコと呼びたくなる
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もう一度見たくて数年経って歩いてみたが
見つからなかった
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慰め・感謝・喜び
ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す
君も雛罌粟われも雛罌粟
与謝野晶子は、半年前に渡欧した鉄幹を追って1912年(明治45年)5月、シベリア鉄道でモスクワを経由しパリへ向かった。
7人の子を置いての洋行。彼の地で最愛の夫と再会した晶子の目にコクリコの赤はどれほど情熱的に映っただろうか。
そういえばコクリコは虞美人草ともいうんだっけ。中国の哀しい伝説のお話や漱石の本であったけど長いこと虞美人草とはどんな花か、と思っていた。文学小説も積読ばかりでぼちぼちと読み始めたいな、と思っている。
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2年前の記事ですが、季節は巡るなぁと思いながら、見ている景色は全く違う風に心に映っているのだなと改めて感じます。
もうすぐ夏至、もう夏至なのか...と季節の歩みの早さに驚かされます。それでも本当はいろんな事があるのにそれを忘れているのはわたしかも知れない。季節と共にゆっくりと歩いていきたいと思う今日この頃です。
(お尻の痛いのいつ治ってくれるかしら...)