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読書感想 『時が止まった部屋 遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』   小島美羽   「伝わるのは、人が生きていたこと」。

 テーマは孤独死
 そうした部屋の遺品を整理する仕事があって、そこに従事する女性。
 さらに、その女性が若く現場をミニチュアで制作している、というエピソード。

 それぞれの要素の組み合わせがしっくりこない。
 それは、もちろん、自分の視野や思考の狭さのせいもあるのだけど、人の死というトピックを扱うことで、自己顕示欲を満たすような人物だったら嫌だな、と勝手に思って、ラジオ番組で、その女性が話し始めるまでは、警戒心が立ち上がっていた。

 声の響きが柔らかった。自分が前に出るのではなく、自分が伝えたいことを前に置いて、自分は後ろに行くタイプの話し方だった。ラジオ番組には、著書の紹介、という目的があるからゲストとして出演したのだろうけど、聞き終わる頃には、この本を読みたいと思っていた。

『時が止まった部屋 遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』 小島美羽

 難しいテーマであることには間違いない。
 少しでも距離感を間違えたら、孤独死という社会的な注目があることを題材とした、やたらとセンセーショナルな内容になってしまい、著者も、その物珍しさから、ある種のイベントだけに呼ばれるような人になってしまうことになる。

 だけど、この本全体が、人の生死に対して、絶妙な距離感と敬意を保ち続けているので、そのためか、こうしたテーマを扱いながらも、全体として上品な表現という印象が残る。

 孤独死という運命にみまわれて、本人はいなくなった部屋とはいえ、突然亡くなったわけだし、亡くなったことが判明するまで時間がかかることもあるので、いろいろな意味で凄惨な現場であるのは間違いない。

 その部屋に対して、どうしたらいいか分からなくなってしまっているから、著者の働く遺品整理会社というプロに、遺族が依頼することで、仕事が始まる。誰も遺族がいない場合には、大家さんが頼むしかないのだろうけど、そういう時のために、保険があるのも恥ずかしながら初めて知った。

 こうした重いテーマを扱い、その中心は孤独死をした方の生きていた時間、生活への想像力といったことだと感じたので、他の要素に関しては、おざなりになってしまっても自然だとも思うのだけど、著者の視点は、保険について語るその瞬間、大家さんにすっと向けられている。こうした、あらゆる人に対して、自然に大事にできるような気遣いのありかたが、この著者の仕事や著作やミニチュアの質を保証しているように思った。

 今は大家向けの孤独死保険というものもあり、孤独死があった場合に清掃代やリフォーム代の補償、家賃保証などをしてくれるので、賃貸経営をされている方は検討してもいいかもしれない。  

豊富なエピソード

 それでも、なにしろ、過酷な現場であることは間違いないようだ。

 実際に、ほとんどの同僚はすぐに辞めていく。それも百人中、九十九人くらいの割合で。

 そうした現場で、1992年生まれの著者は働き続け、具体的な描写は、確かにとんでもなくハードなことは伝わってくるのだけど、それ以上に、その現場では、意外なことが起こっていることを、読み進めると、初めて知ったりする。

 たとえば、その現場は静かだと思っていたが、実際は騒然としていて、その理由は『「故人の友人」と名乗る人たち』が現れるから、ということ。ストーカーの被害者だった故人の部屋の状況。現場でも多く見られる焼酎カップのキャップの色のこと。いわゆる高級マンションのほうが発見が遅れる可能性や、孤独死の死因の中で自殺の占める割合が多いことなど、その現場で働いている人だけが、知っているようなエピソードが数多く語られている。

 そして、著者自身や、この遺品整理の会社の社長のことまで書かれている。
 著者が、この仕事を始めた動機の一つが、自分の父親を50代で突然死で亡くしていること。そして、著者の働く遺品整理会社の社長も、10代の頃に自身の恋人を自殺で亡くした経験もあり、「遺族の気持ちに寄り添いたい」という想いのために、今の会社を立ち上げたこと。

 当事者だから出来る、というわけではないだろうけど、当事者としての経験が、いい意味での力になる可能性が、希望のように感じられた。

著者が忘れていないこと

 この著書のイメージを決定づけているのが、孤独死をされた人の、残された部屋のミニチュアだと思う。

  現実を知ってほしいのに、伝えられない。伝えてもらえない。
 いったいどうしたらいいのか。
 そのとき思いついたのが「ミニチュア」だった。ミニチュアなど今まで作ったこともないのに、である。でも模型であれば生々しくなりすぎず、見てもらいやすいのではないか。現場の特徴を組み合わせることもできる。

 それは、立体作品として、写真で見ているだけだけど、完成度が高いのも分かる。
 下手をすれば、人目をひくだけの立体物になってしまいそうなのに、そして、間違いなく、ここで人が亡くなっていて、その発見が遅れた場所でもあるのに、そこに残されたモノが丁寧に再現されているせいか、まだ実物を見ていないので断言はできないが、魅力的なオブジェと同様な、目が離せない力があると思う。


 ここからは、読者としての勝手な推測に過ぎないが、著者は、「現実を知ってほしい」という動機からミニチュアを制作し始めているが、創っている時間の中で、ここに確かに人が住んで生きていたことを、残そうとする気持ちが強く働き始めているのではないだろうか。

 そこにあるゴミも含めて、それらは、そこに人が住んで生きていなければ、なかったはずの物だから、その残されたすべてのことが、全部、そこに住んでいた人が生きていたこと、につながっているはずだ。その現場の、実際にいないと分からないような、気持ちが圧倒されるような様々な要素(においなど)があるに違いないのに、著者は、そのことを見失っていないように思う。

 自分と同じように、そこに人が確かに生きていた時間があること。
 著者は、その基本的なことを忘れていないから、このミニチュアたちが生まれたのだろうと、写真を見ているだけだけど、そんなことを思わされた。

「遺族の気持ちを、大事にする」ということ

 「遺品が多すぎて申し訳ない」
 そんなふうに、わたしたちに謝る遺族もいる。でも、どの家庭でも遺品は多い。けっして恥ずべきことではないし、安心してほしい。  

 推測でしか言えないのだけど、こうした迷いのない言葉は、遺族の気持ちを、少しでも救うように思える。そして、これから引用する行為は、亡くなった人までも、結果として救っているようにも感じる。

 すべての作業が完了すると、わたしたちはいつも通り、玄関先に線香を灯して仏花を飾った。しかし部屋に何か残すわけにいかないので、すぐにそれらは撤去する。そのたった五分のあいだ供えるためだけに、二十分かけて仏花を買いに走る理由を編集者は知りたがった。
「正直言って依頼人も見ていないわけですし、そもそもそこまでの仕事は求められていないですよね」
 たしかに、その通りかもしれない。でも、「そこまで」わたしがやるのは、故人が慣れ親しんだこの部屋の最後を「締めくくる」ため、そして突然身内を亡くしてしまった遺族の気持ちに「区切り」をつけるため。 


 こうした話がそもそも苦手だったり、どうしても受けつけない人には、無理にすすめられないが、できたら、孤独死に恐怖を抱く人ほど読んで欲しい、と思います。こういう業者の人が、確かに存在することを知っただけで、私は、ちょっと安心感が高まった気がしました。




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