ある著者が自著のことを語っていた。それと関連する書籍として、他の著者の本の内容に触れていた。
そのことを珍しく感じたので、読もうと思って、だけど、申し訳ないのだけど、収入が少ないので購入できず、図書館で予約して、少し忘れそうになっている頃に、準備ができたというメールが来た。
2ヶ月が経っていた。
その著書は、思った以上にエンターテイメントだった。
『もしもし、アッコちゃん?漫画と電話とチキン南蛮』 東村アキコ
もちろん著名な漫画家として、著者の存在は知っていたが、文章についての印象は少なかった。
確かに、1975生まれの著者の視点から見た、そうした歴史的な意味もある作品なのは間違いないし、著者自身が、こうして表現している通りの「物語」ではあるのだけど、時々、そのことを忘れそうになるほど、一つ一つのエピソードが強い。
父親が電電公社(現・NTT)勤務で、転勤が多いため、2年に1度のペースで一家は引っ越しを繰り返していたという。そのため宮崎県や、熊本、福岡など九州のあちこちに住むことになった。そして、著者にとっての印象は、どの地域も人が温かく、優しく、それでいて、こんなにいろいろなことが起きるのか、と思うくらい出来事が多く起こる。
この記憶に関しても、とても明確で、目の前にその光景が浮かぶように描かれているのだけど、他のエピソードを読んでも、おそらくは、今もその出来事が著者の頭、というよりは心の中のイメージとして、そのまま残されているのではないか、と思えてくる。
そのくらい鮮やかだった。
いろいろな事件
熊本の幼稚園に通っている頃でも、著者自身が「事件」と称する二つの出来事があったようだ。
一つ目は、「ノーパン喫茶事件」。
おそらくは、当時は盛んに取り上げられていた「新しい風俗」として、ニュースになったか、バラエティ的な番組でも、一種の歴史のように取り上げられていたから、子どもだった東村アキコは、そこに敏感に反応したのではないか、とも思える。
もうひとつの「事件」は、「サンタクロース事件」だった。
著者も書いているように、母親は大変だと思うのだけど、このエピソードは、のちに、漫画家になる人としては、幼い頃から才能があった、というような印象にもつながる。
東村アキコの著書の引用が長くなってしまうのは、省略することで、伝わり方が弱くなってしまうのではないか、という恐れが出ているせいかもしれないし、そのくらい、ある場面を描写する表現のまとまり感が高いように思う。
漫画の歴史
著者の父親がNTTに勤めていることもあり、テレホンカード、キャッチホン、留守番電話など、1980年代当時では、最新のものに接するのも早く、だから、結果として電話の歴史を記録してくれていて、さらには、不思議なくらい、電話そのものへの愛着も強いままだったようだ。
そして、同時に、小学校時代以降のエピソードも、漫画の歴史と密接に関わっている。
私自身も「男子」だった時代があり、「男子はバカだった」ということは大人になってから思い当たることも多いのだけれど、いろいろと読んだ記憶のある、こうした「男子はバカだった」エピソードの中でも、トップクラスに面白いと思えた話だった。
天才の感覚
著者は、幼い頃から漫画家になりたい気持ちは強く持ち、大学も美大に進みながら、それでも漫画に関して具体的な努力をしなかった、という表現をしていて、デビューも、とてもあっさりして見える。
それで賞をとったが、その絵が雑すぎて印刷に耐えられないと言われ、もう一本描いてくれ、と「発注」された、という。
これは「天才」のエピソードそのものだけど、著者の出来事に対する再現度の尋常ではないレベルを考えると、納得はいく。
この著書の中でも、さまざまな出来事を鮮やかに記したあとに、何度も、その後の記憶ははっきりしない、という表現もあるから、ある光景が本人の意志とはあまり関係なく、それも視覚的に刻まれるように、過去のこととして、というよりも、今もそのまま息づいているのではないだろうか。
何十年も前のことも、数年前のことも、同じようなフレッシュさで、今も東村アキコのなかには存在している、と思える。
本人には、おそらくは自然なので、それがどれだけすごいことなのか、という意識はなく、だからこそ柔らかく、明るく、人に伝えられるのだと思う。
幸運と幸福
父親の転勤が多く、転校も数多いと、コミュニケーション能力が磨かれる半面、いつかは別れるから深く交流しないようにしていた。そんな話を、同じような境遇の人が、どこかで語っていたような気もするのだけど、このエッセイからは、そうした印象が薄い。
今回、かなり本文を長く引用させてもらったけれど、それでも、これらは本当にごく一部で、全体が、少なくとも同じ程度の強さを持ったエピソードばかりでできているといってもいい作品でもある。
時々、ふいに著名人と同じ場所にいたことを知ったり、弟まで漫画家になったり、犬にかまれたり、飛行機に乗り遅れそうになりながら劇的に間に合ったり、オリンピックのメダリストとの交流があったり------ と、一人の人間が、これだけの出来事に出会えるのだろうか、と思うくらいの豊富さでもあった。
でも、同時に、本当は、ここまで鮮やかでないにしても、どんな人でも、似たような出来事に遭遇しているのかもしれない、とも思えてくるくらい自然な描き方だった。
ただ、私も含めて他の人たちとの違いがあるとすれば、著者の姿勢のようなものかもしれない。
それは、漫画の読まれ方が変わる、という強い確信だったようだ。
さらに、もう一つの変化である「縦スクロール」への対応もしている。
ここ20年ほど、通信機器の進歩が異常なほど早く急激な変化にも関わらず、そこにフィットしていけるのは、基本的に幸運で幸福な人で、世の中に対して肯定的で、だから、いつも前をまっすぐ見ることができて、視野が広く、いろいろな出来事が起こったのを見逃しにくい能力がある、ということなのだろうと思える。
同時に、そういう存在に対して感じる、嫉妬のようなものが不思議なほど起きにくいのだけど、それは、人に「面白く」伝えたい気持ちも強く、そのサービスするような思いを、読者として、存分に受け取らせてもらったせいだと思う。
「あとがき」に記されたこうした文章も、だから、素直に心に届いてくる。
読み終わった時、ひそかに小さく拍手をしたくなるような気持ちになった。
こんなに嫌味が少ない幸福に関する話は珍しいと思う。
(こちらは↓、電子書籍版です)。
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