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ヒースロー空港のオレンジジュース。

 今はどうなっているか分からないのだけど、随分と昔、アメリカからイギリスへ国際電話をするときに、かなり苦戦したことがあった。

かからない国際電話

 オペレーターが出る。

 オーバーシーズコールプリーズ。

 日本にかける時と、ここまでは一緒で、そして、相手先の国名を言う時に、イングランドと言ったら、聞き返された。発音が悪いと思って、確か、どこか違うところに寄せるように、みたいな気持ちで言っても、通じない。

 それからは、ブリッティシュ、とか。グレートブリテンとか。イングリッシュとか、なんだか、思いつく限りのことを言ったのだけど、全くダメで、その時は諦めることになったのは、オペレーターがあきれていた、というか、嫌がっているように感じたからだった。

 事情に詳しい人に聞いたら、「ああ、それはUKしか通じないよ」みたいなことを言われた。

 ユナイテッド・キングダム。

 確かにそうだった。
 もう一回、電話して、連絡は無事にとれた。

大西洋を渡る飛行機

 アメリカから、イギリスへは当然のように飛行機に乗った。

 日本からニューヨークへ渡ったときに比べたら、短い時間だとは言っても、それまで一ヶ月くらいアメリカ大陸にいたときは、1週間ごとに移動するときに使った飛行機は2時間くらいの便が多かったので、かなり遠くへ行くように思えていた。

 それでも移動のタイミングでいうと、ここで寝ないといけない、などと思っていたから、それで逆に焦って、あまり眠れなかったけれど、夜の時間と大西洋を超えて、やっと着いたのがヒースロー空港だった。

 なんだか疲れていた。
 スーツケースが出てくるまで、時々荷物が間違えられることがあるから、という話も散々聞いていたので、ドキドキもしてくるけれど、それでも無事に受け取れて、ホッとして、ただ、ここからまた飛行機を乗り換えて、今度はグラスゴーに行くことになっている。
 
 その間に空港内を歩く。

ヒースロー空港のオレンジジュース

 構内に、フレッシュジュース。みたいな看板があって、それでノドが乾いていたのに気づく。それは、どこか孤立したようなショップだった。

 店員さんに話しかけて、返ってきた言葉は、アメリカのスムーズな流れの英語に少しだけ慣れてきたのと比べると、硬い響きで、あ、同じ英語だけど、違うんだ、いや、英語の本場は、ここだった、みたいなことを眠い頭で思っていた。

 目の前にはオレンジがあって、それを指差して、頼んだら、半分に切って、そのまま、手で押し付けるのではなく、機械にセッティングしてギューっと、ぐるぐる回すように、突起に押し付けて、それで、フルーツのジュースになっていった。

 そんなに愛想がないのがイギリス、と言われてきたのだけど、その時の女性の店員は、ちょっとした笑顔を向けて、カップを渡してくれた。

 こちらも、愛想笑いをしたかもしれないが、その後に、飲んだオレンジジュースが、とてもおいしかった。

 一瞬、眠いとか、疲れたとか、違う国にまた来た緊張感とか。そんなことを完全に忘れるくらいだった。

 大げさでなく、幸せを感じた。

 それから2週間くらいイギリスに滞在したけれど、それ以上、おいしく感じた記憶はほとんどなく、それは、多分、いろいろな条件が揃っただけなのだろうし、もし、同じショップに、もう一回行ったとしても、あのおいしさは感じないのだと思う。でも、もう一度行けないくらい、不思議な場所にあった印象だけが残っている。帰りにも同じ空港によったはずだけど、そのショップがどこにあるのか、分からなかった。

 誰でも、そんな、その時だけの、おいしさの体験はあると思う。

できなくなった献血

 そのときにイギリスに2週間くらい滞在したことで、その後、日本国内では、献血ができなくなった。

 それは、当時、特にイギリスで狂牛病が流行っていたのが理由だったらしい。そんなことが何十年も影響するのは、予想できなかった。



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おちまこと
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