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読書感想 『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』  「日常を面白がれる思考」

 タイトルだけだど、なにが書いてあるのか分かりにくい。

 どうやら、あの街中で見る「ドン・キホーテ」のことらしいから、もしかしたら、ビジネスの話なのだろうか。

 そんなことも思ったけれど、著者・谷頭和希氏が、1997年生まれだから、20代。本当は年齢だけで判断してはいけないのだけど、その若さで、より興味が持てた。

『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 谷頭和希

 すごく面白い本だった。

 この面白さは、工場やジャンクションや団地の写真を撮ったり、文章を書いている大山顕や、さらには昔の著者の話で申し訳ないのだけど、「私、プロレスの味方です」を書いた村松友視が表わそうとしているものと近いような気がした。

 読んだ後は、少なくともドンキに関しては、ほぼ確実に自分の視点が変化するのが分かるから、ある意味では現代アートに近い著作かもしれない。

 この本を書き始める動機も、とても自然で健康的だと思う。

 はたして、チェーンストアは、ほんとうに世界を均質に、そしてつまらないものにしているのだろうか。
 この本は、そんな、私が生活のなかで感じたふとした疑問から始まります。

 そして、「ドン・キホーテ」を選んだ理由も納得がいく。

 なぜ、ドンキなのか。それは、業界でその業績を伸ばし続けている数少ないチェーンストアだからです。 

 現代のチェーンストアの特徴的な姿を表すドンキを考えることは、「日本のチェーンストア」、ひいては「チェーンストアであふれた日本」について考えることにもつながるのではないでしょうか。

ドンキのペンギン

 どうして、ドンキは派手な装飾をして、そのシンボルとしてペンギンを置くのか?

 実は、そのペンギンの設置方法も店舗によって違うし、個人的には見る機会の多いドンキについて、壁に張り付いていることが、ドンキにとっても特殊なあり方らしいことも、改めて知って新鮮だったのだけど、その問いに対しては、ごく常識的な結論から始まる。

 ドンキの1号店は、1989年に開店しているから、すでに小売業はたくさんある状況だった。

ふつうの店構えをしてしては、数ある店のなかで埋没してしまう

「目立ちたい!」という感情がドンペンを置かせる 

 ただ、そこで終わらないのが、この著者の特徴であり、この本の優れた点だと思う。

 ドンキのペンギン。ドンペンを考えるのに、著名な人類学者・レヴィ=ストロースの思索を引用し、両手を広げた姿勢や、サンタ帽を被っていることについても、その理由を深めようとしているが、それは知的なハッタリというのではなく、ドンキであれば、商売のために目立ちたい、という強い動機で設置されたドンペンが、結果として、違う意味も呼び寄せてしまう、といったことにつながっていく。

 ドンペンはなぜサンタ帽をかぶるのか。サンタクロースとは死者の世界と生者の世界の間の交通を良好にして、死者と生者をつなげる象徴でした。(中略)つまりドンペンとは、そのサンタ帽と短い手を広げた姿によって「内と外」や「生と死」という異なる世界を融和させる力をそこに秘めているのではないか。

 大げさにも思えるこうした思考は、読み進めると、納得度が高まってくる。

ドンキの特徴

 ドンキのイメージは、自分にとっても「ジャングル」だった。

 ドンキは「ジャングル」のような複雑な構造をしている。そうすると、店舗のなかで迷ってしまうこともあるわけです。迷子になって、通るはずでなかった通路を通って、そこに予期せぬ商品との出会いが生まれる。

 ドンキの空間戦略は一見すると不合理に見えるのですが、小売店の目標の一つである「儲ける」ということを考えたときの戦略としては、ある意味、合理性があるわけです。

 ただ、その複雑さに関しては、戦略として狙ったというよりは、結果として、たまたま形になっているという解釈がされているので、もし、そうだとすれば、すでに当事者の思いすら超えている部分で、そう考えると、ドンキのあり方の面白さの質が変わって見えてくるのが、わかる。

ドンキの多様性

 それはドンキの多様性にも似たことが言えそうだ。

 店舗の場所によって、その品揃えも、同じチェーンストアとは思えないほど違ってくるようだ。例えば、池袋西口店に中国食品が充実しているのは、近くにチャイナタウンと言われるほど、中国人が多く住んでいて、ニーズがあるから、ということだという。

 そして、その多様性を可能にしているのが、「権限委譲」という制度だという。

 店長やスタッフに、その店舗に置く商品の種類や量、陳列の仕方を決定する権限を与え、一任するものです。これよって、ドンキの店舗はさまざまな商品構成を持つことになるのです。

 だから、その多様性も、戦略ではなく、「結果としてそうなった」ということようだった。

 興味深いのは、そのようなシンプルな資本主義的欲望に基づいてできた権限移譲が、むしろドンキの店舗を複雑で多様なものにしている、ということです。

「居抜き」

 「ドン・キホーテ」は、チェーンストアで、あの歌の印象も強く、話題にもよく出てくるし、かなり身近だと勝手に思っていたのだけど、本当に知らないことばかりだった。

 その一つが、飲食店などではよく聞く「居抜き」店舗が少なくない、ということだった。

 多くの小売店がドンキに居抜かれています。一例を挙げるだけでも、スーパーマーケットでは「ダイエー」「長崎屋」「ユニー」「イトーヨーカドー」が、家電量販店では「ヤマダデンキ」「さくらや」などもドンキに変わっている。

 それだけでなく、あらゆる業種も「居抜」いている。

 銀行やパチンコ店、ボウリング場などです。 
 銀行居抜きドンキとして有名な店舗が、ドンキの総本山的な存在の一つといってもよい新宿歌舞伎町店です。

 さらには、安藤忠雄建築の建物や、テーマパークや、秘宝館まで「居抜」いていて、それ自体が面白いことでもあるのだけど、著者の思考は、そこからさらに進む。

「イヌキ」

 「居抜き」自体は、安く店舗を出して、より利益につなげる、という資本主義的な思考に過ぎないのだけど、そのことによって、ドンキ自身も意識していない「効果」まで生んでいることを、著者は指摘している。

 ここで私は、このような通常の「居抜き」の意味を少し広げて、「歴史から無意識に影響を受けて店作りを行うこと」を「イヌキ」と名づけて見たいと思います。

 このことについて「ドンキ浅草店」を例にして話を進めているのだけど、それには説得力があったし、私も、個人的には、これまで何度も行っているのに、その視点で見たことがなかったから、次に訪れるのが、ちょっと楽しみになるくらいだった。

 大規模スーパーがMEGAドンキになっていく過程では、高度経済成長期に躍進を遂げた巨大スーパーの栄枯盛衰を見ることができます。あるいは、銀行もまた、日本経済のなかで変化が激しかった業種の一つですが、その変化のなかで再編によって閉鎖した銀行をドンキが居抜いている。ドンキは、そうした日本の歴史のなかで、振るい落とされてしまったものをうまく利用することでその店舗を広げてきました。

 それによって、「歴史から無意識に影響を受けて店作りを行うこと」がありそうなので、他の店舗でもそんな「イヌキ」を見ることができるかもしれない、と思わせてくれた。

日常を面白がる視点

「チェーンストアばかりが増殖する街はなにも見るものがなくおもしろくない」と続きます。しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。
 むしろ、それはチェーンストアに埋め尽くされた都市をおもしろがる視点が欠けているからではないでしょうか。

 著者は、そんな一応の結論を提示し、それは納得もできるのだけど、それを自分だけの手柄のように扱うのではなく、さらに、読者への提案として広げている。

 チェーンストアの存在を通して他者理解や、他者への共感性を高めることができるのではないかと考えているからです。 

 これは、この部分だけ抜き取ると分かりにくいかもしれないけれど、全体を通して読んでくれば、明らかに、日常の豊かさを発見していくための思考のようにさえ見える。

おすすめしたい人

 当然ですが、日常的に「ドン・キホーテ」を利用している人。読後は、そのドンキへの見方が変わっていると思います。

 毎日が同じ繰り返しで、面白いことがないと感じている人。読み終わった後は、少し元気なときは、日常的に目にしているものにも、何かあるのではないかと思えるかもしれません。

 この紹介で、少しでも興味を持ってくれた人。ここで引用していることなども、この著書の一部に過ぎません。全体を読んでもらえたら、その面白さは、本当に分かってもらえると思います。


(冒頭の例として出てきた大山顕の本です)。


(同じく、村松友視の本です)




(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。



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