ドアノブのチャンピオン。
古い木造家屋に住んでいて、トイレのドアも比較的、守りが甘い。
そのカギは、ヒートンという輪っかのついたネジに、L字型ネジの先の部分を引っ掛けて、それで、開かないようにするというシステムになっている。たぶん、とても古い方法だと思う。
カギ
妻と、義母と住んでいて、生前の義母がまだ自力で歩ける頃、私がトイレに入っていた。そこに廊下を歩いて、義母が近づいてきた音が聞こえた。あ、トイレに入りそうだ、と思ったら、木のドアをノックされた。
入ってます。とかなり大声で叫んだのだけど、その頃は、すでに義母の耳は遠くて、全く聞こえてないようだった。だから、一度、ドアが引っ張られた。ネジを組み合わせただけのカギでも、しっかり止まっているのは、洋式便器に座りながでも、わかった。
ダン。という感じで、ドアは少しだけ動いて、強く止まっていたので、これで、誰かが入っているのはわかったと思った。だから、少し安心していたら、あら、変ね、という言葉と共に、もう一度、引っ張られた。
ダン。と強くドアが動いて、あれ、ちょっと危ないかも、と思って、トイレの空間は、細長くて、だから、便器からはドアまで少し遠くて、腰をうかしてドアのノブをつかもうと思ったら、すかさず3度目のダン、があって、すぐに続けて4度目はドンに近い音がして、ネジそのものが飛んでいた。
その姿は、ちょっとスローモーションのように感じたけれど、ドアは開いて、義母が、あら、入っていたの、ごめんなさい。ドアの前にスリッパがなかったものだから、と言って、締めてくれた。
そのころは、すでに80歳を軽く超えていたはずの義母に、そんなに力があるとは思わなかった。それに、そのスリッパのルールも知らなかった。
キズ
年月が経つと、トイレのノブにも、そんな記憶が宿る。
木のドアに、金属のノブはついていて、回らないし、ただ引っ張るための道具なのだけど、その大きさは、考えたら少し小ぶりで、すでに、あまりないものになっているような気がする。
しかも、丸っこくて、しんちゅうのちょっとした金色に近く、他ではあまり見たことがない。
そんなふうに思えるようになったのは、ここに住むようになって、義母の介護をして、ポータブルトイレの処理をしている頃があって、介護が終わって、しばらく経った頃で、それは、やっぱり余裕ができたのだと思う。
そんな頃、いつものようにトイレのドアノブをつかんだとき、ちょっと痛いような気がした。
なんだか、わからなくて、だけど少し経ってから、部屋で指を見たら赤くなっていた。指先にキズができていたようで、消毒してテープを貼った。
そのあと、トイレのドアノブを見たけれど、特に何かがあるわけでもないようで、不思議な気持ちだった。ただ、ちょっとザラザラしているような気もした。
ドアノブのチャンピオン
そんな話を妻にして、もしかしたら、ドアノブが原因かもしれないので、気をつけて、と言って、どうしようか、という話をした。
次の日。
ドアノブに布がかけられていた。
それは、私が気に入って着ていたけれど、古くなって、色も少し変わって着れなくなったTシャツの、まだキレイな部分だった。
それはバスキアのTシャツの、王冠の部分で、ドアのノブが、気がついたらチャンピオンになっていた。
妻にお礼をいった。
トイレのドアノブが、違うものになっていた。
そのおかげで、それからケガもしていない。
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