ラジオの記憶㊴『「スフィア基準」を初めて知った』------『大竹まことゴールデンラジオ!』
ポッドキャストでラジオを聞く機会が多くなった。ときにはyoutubeで聞くこともある。
だから、時間も問わず、それにラジオ番組のコーナーだけを聞くことも増えた。
そんな中で、「大竹まことゴールデンラジオ」の「大竹紳士交遊録」というコーナーを比較的マメに聴取するようになったのは、だいたい15分程度という短い時間のせいもある。
「スフィア基準」
何人ものゲストがコメンテーターとして登場し、話をする。そのメンバーは入れ替わりもありながら、不思議とこのコーナー全体の感じは変わらなくて、そして、自分が無知のせいもあるのだけど、初めて聞くような情報も多い。
その中でも、この「紳士交遊録」のコメンテーター・深澤真紀氏は、特に自分が知らないことを伝えてくれることが多い印象がある。今回も災害に関する「スフィア基準」という言葉は初めて聞いた。
検索をしてみると、すぐに多くの記事や資料が見つかる。
内閣府の公式サイトにも、「ソフィア基準」についての記述があった。
現在、どのような状況にあるとしても、ここに述べられていることは、ごく穏当で、しかも真っ当なことでもあるのに、この文章の最初には、こうした言葉がある。
どうして、わざわざ、こういう断り書きみたいなものが掲げられているのだろうか。
災害関連死
「大竹まことゴールデンラジオ」の「紳士交遊録」での深澤真紀氏の言葉によると、「スフィア基準」が定めている基準に、日本は届いていない、ということだった。
「スフィア基準」は、かなり膨大な量の基準があるらしいのだけれど、その中でもトイレの数や、一人当たりのスペースも具体的に定められていて、その基準に日本の災害時の避難所が届いていないようだ。
「スフィア基準」も知らなかったし、これだけ地震も多く、台風もあり、災害大国といってもいい国が、その基準を満たしていないことも知らなかった。
それだけだったら、非常時には多少大変な思いをしても我慢すべきだ、他にもかける予算があるのだから仕方がない、といった言葉が自分の内面からも聞こえてきて、それを正当化するような思いにもなるのだけど、深澤氏の話は「災害関連死」に及んだ。
「災害関連死」で亡くなる方が思ったよりも多いこと。「スフィア基準」を満たしていれば、それは防げたかもしれないこと。深澤氏の話を全部を理解したかどうかは分からないものの、そんなようなことを知った。
この記事は、2016年の熊本地震で、ご自身のお子さんを、災害関連死で亡くした方がインタビューに答えている。
災害が起こるのは、日本という国の立地条件から言えば、仕方がないのかもしれない。だけど、災害が起こって、幸いにも助かったとしても、避難所などの環境が良くないために亡くなったとしたら、それは人災に近いものではないかと思ってしまった。
ラジオを聴くまで、「スフィア基準」という言葉も、考え方も知らなかった人間が、何かを言う資格はないのかもしれないけれど、それでも、「災害関連死」を減らすことは、少なくとも目標にすべきことではないか、と思う。
不安
以前、この「大竹交遊録」で、同じように深澤氏の言葉で、基本的人権に関することで、国際的に目指す基準が定められているのに、日本が、そこに届いていないことも知った。さらに、そのことに関して、国際的な機関から、勧告や要請などを受けているのに、それに応えていないことも初めて知って、(それも恥ずかしいことだけど)驚きもあって、それに関する記事も書いた。
だから、災害に関しての「スフィア基準」に関しても、それまで知らなかった人間が言うのは、やはりおかしいのかもしれないけれど、今後のことについて、自分だって、いつ災害に巻き込まれるか分からないから、やはり考えてしまう。
それも、貧乏だったりするし社会的には弱い立場だから、自分で自分を守れる範囲もごく狭い人間から見ると、これからたとえば災害時には避難するしかない人間に対して、最低限の環境しか提供されない上に、これから、さらに少しでも向上することがあるのだろうか、という不安がある。
それは、繰り返しになるけれど、内閣府のホームページに、「スフィア基準」のことが書かれているのだけど、その冒頭にこんな言葉があるからだ。
「スフィア基準」というのは、様々な災害や国際紛争の経験をもとに制定されてきた基準であり、そこには政治的思想などの前に、人を大事にする、という人類共通の「常識的」なことに関してだけ述べているようだった。(初めて知って、しかも部分的にしか知らないのですが)
でも、そのことに関して、その冒頭に「本コラムにある意見や見解は執筆者個人のものであり、当事務局及び日本政府の見解を示すものではありません」とあるのは、拒絶感のようなものを感じてしまった。
つまりは、これは屈折した見方かもしれないけれど、「スフィア基準」というものがあるとしても、日本政府は、その基準を満たすための努力をしない、といったことにつながるのではないか、という不安も生じさせる。
これまで基本的人権という、フランス革命以来の人類の常識の一つでもある考え方に対して、民主主義国家を名乗る以上は、しかも先進国会議に参加する国としては、少なくとも実現に向けて努力すべきことも、(人権機関の設立など)努力していないように見えるから、この災害時に関する「スフィア基準」に関しても、これからもあまり重視しないのだろうか、という思いになってしまう。
先進国の中で、これだけの災害が多発する国なのに-----という気持ちにはなった。
ただ、これもラジオ番組で、「スフィア基準」を知らなければ、ずっと分からないままだったとも思うと、改めて恥ずかしさと、さらに知ることの大切さは確認できた。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
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