秋になっても、電線にかかりそうなので、柿の枝を切ることになった。
庭には柿の木がある。
すでに50年ほどの寿命になっているから、それなりに古いものになっているし、すっかりこの場所になじんでいるようだ。
幹にはその古さが出ているように、ゴツゴツした感じもあるのだけど、それでも春になると、どんどん葉っぱも茂るし、枝も空へ向かって、というか太陽を目指して伸びていくから、その枝を切らないと、高くなりすぎて、色々と困る。
伐採
それで、毎年、冬になって葉っぱが全部落ちてから、枝を切ることになるのだけど、今年の冬は、全体的に2階の屋根よりも高くなっていたので、思い切って太めの枝を何本か切った。
ノコギリは、一度、折れてしまったことがあったので、新しく購入し、とは言っても、もう1年以上はたっていたのだけど、それでも、まだ切れ味がそれほど衰えていなかったし、それ以降も、何十本も枝を切ってきたから、素人ながら自信のようなものが少しついていた。
だけど、柿の木の直径20センチくらいある枝を切るのは、やっぱり大変だった。ノコギリを動かして、切っても、切っても、なかなか切り進むことができなかった。
脚立を伸ばして、ハシゴ状にして、最も太い幹に立てかけて、そこの一番上に登っても、まだ届かないから、そこからさらに、柿の枝に足をかけて、上にいく。
庭の下から見たときと違って、とても高いところにいるように思って、だから、切っても、切っても、切り進むことができないと、焦ってくるし、疲れてくるし、息があがって、時々、チラッと下を見ると、ちょっと怖くなる。
それでも太い20センチほどの枝を切り進めて、だんだん奥までいって、もう切り落とせそうだ、と思ったときに、気をつけないと、その太くて、高さも2メートルほどあるような枝は、どうやら自分が思っている以上に重量がありそうだから、倒れていく場所によっては、古い木造の家にダメージを与えてしまいそうだった。ここからは、切り方を考えないと、危ない、とさらに緊張感が高くなる。
それに、切っても切っても、もう切り落とせそうなほどになっても、びくともしない。
焦って、さらに切り進めると、急に枝が傾き始め、その枝を支えて、方向を変えていた。重くて、倒れていくと、重さがさらに加わって、方向によっては、何かを壊しそうだし、電線に引っかかったら切れてしまう。そんなイメージは、目の前の出来事と結びついて、はっきりと浮かんで、必死になって枝を支えて、方向をかえる。
木の上にいるから、足を滑らせたら落ちてしまうし、と思って、怖くもなって、だけど片腕で枝を握って、もう片方で落ちていく枝の方向を変える。
太めの枝が庭に落ちていくときは、ちょっとだけスローモーションのようになって、切り落とした枝がさらに大きくなったように見えながら、庭の地面に向かっていく。
どーん、という音がしそうな気がした。
そんなことを何度か繰り返したけれど、こんなに枝を切り落としたのは、久しぶりで、柿の木は随分と背が低くなった。
もしかしたら、枯れてしまわないだろうか、と思うくらいの状態になっていて、少なくとも柿の実はみのらないのではないか、と思っていた。
ずっと渋柿しかならないけれど、でも、それが実らないとなると、ちょっと寂しかった。
柿の枝
春になると、そこから葉っぱや、細い枝が伸び始めた。
薄い緑の葉っぱは、きれいで、しかも、枯れるかも、などと思っていたのが、ウソのように葉っぱが茂ってきた。
さらに、枝も思ったよりも伸びてきて、細いけれど、あちこちに成長して、だんだん柿の木が大きくなっていったように見えた。
だから、夏にかけても、少しずつ枝を切った。
それでも、葉っぱは茂って、柿の木は、どんどんと密度が増して、うっそうとした感じになっていった。不思議だと思う半面、すごいとも思った。結構古くなっているはずの柿の木だったけれど、まだ生命力があることに、ちょっとした怖さを感じるくらいだった。
それでも、時々、枝を切っていたから、いつもの年よりも整っていたと思うし、必要以上に背が高くなることもなさそうだった。だけど、夏がやっと過ぎて、秋になって、そのわりには気温が低くならないので、季節が進んだ感じがしなかった。
いつもは紅葉する柿の葉も、今年はなかなか色がつかないままだった。
そのためか、秋が深まって肌寒くなってきたのに、柿の枝はまだ伸びていた。
なんだかすごいと思っていた。
枝と電線
そのせいか、柿の枝が電線にかかり始めた。
だから目についたら、高枝切りバサミで枝を切っていた。
それは、それほどの作業ではなく、数十分で終わっていた。
その作業を何回か繰り返す。
その間にも少しずつ寒くなってきたから、もう大丈夫だと思っていた。葉っぱは紅葉し、落葉するだろうし、枝も伸びないはずだった。
だけど、今年は気温が高いせいか、まだ伸びそうだった。
そして、いつの間にか、もう大丈夫だと思っていたのに、家につながっている電線に柿の枝がかかっていた。
なんだかすごいし、でも、このままだと、下手すると電線が切れるかもしれない、などと思った。
また柿の枝を切らないといけない
晴れていたし、昼食を食べて、食器も洗って、そのあとに庭に出て、柿の木を見上げたら、やっぱり枝が電線にかかっていたので、急に気になって、切ろうと思った。
物干し場の隅っこに置いてある高枝切りバサミを持ってきた。二本あるのだけど、どちらも新しくはない。一つは、何が故障しているのかわからないけれど、ハサミが閉じなくなっていた。だから、もっと古い方の高枝切りバサミにした。
そのハサミを伸ばして、上を向いて、柿の木に向けて、高枝切りバサミを差し出すように持っていって、葉っぱがまだ茂っているので、どの枝が電線にかかっているのかわからずに、だから、木の中を分け入るようにハサミを上に持っていって、そのうちに、その枝を見つける。
はさんで、つかむ。
グッと力をいれる。なかなか切れない。
それは、もう高枝切りバサミが古くなっていて、ハサミの部分の切れ味が明らかに悪くなっていて、だけど、少しでも切れれば、と思って力を入れ続けて、でも、そのままだといつまで経っても、切り落とせないと思い、そのまま、ハサミをひねって枝を曲げる。
つまりは折ろうとして、今度は逆の方向にハサミをひねる。
それを何度か繰り返すと、やっと枝が本体から離れる。
もう高枝折りバサミだった。
枝一本を処理したら、また違う枝も電線にかかっているのが見える。
下から見ているだけだと、一本切れば、なんとかなると思ったのだけど、そんなこともなく、何本か「折る」ことになった。
もっと切れる高枝切りバサミだと、より早く作業が進んでいたのかも、と思ったのだけど、それでも、これでやっていくしかない。
ノコギリを使う
さらに、真っ直ぐ空に向かって伸びているけれど、それがちょうど電線にかかっている枝があって、それは、よく見ると、思ったよりも下部まで伸びていて、これまで折った枝より倍くらいの太さがあることに気づく。
これは、折れない。
高枝切りバサミについている、これも、ところどころさびているノコギリを使うことにした。
枝の根本にノコギリをあてる。動かし始める。いわゆるオガクズが降ってくる。
少しずつ食い込んでいく。たった3センチくらいが、なかなか進まない。半分以上行っても、枝はびくともしない。
そこから、気持ちとしてはがんばって、なんというか、100メートルを走り切るような気持ちで、一気にノコギリを動かし続ける。
ほぼ、全部を切ったはずなのに、まだ枝は動かない。さらに、ノコギリをひく。急に枝が傾く。
それが電線に乗っかるようになり、電線がたわむ。
焦って、それを高枝切りバサミを使って、いったん、枝を持ち上げて、電線から、どかせる。
ちょっとホッとするが、その枝は、まだ皮一枚でつながっていて、すぐに落ちてはこない。だから、ハサミでつかんで、動かそうとするが、だけど、葉っぱなどに引っかかって、落ちてこない。さらに下へ向けて引っ張ると、ザザザ、とやっと下に落ちてくる。
電線近辺が、やっと余裕ができたようだ。
それ以前から、妻が庭に出てきて、片付けをしてもらっているけれど、同時に私の作業を心配そうに見ていた。
上を見ながら、作業をしていると、なぜか、時々、せき込む。そうしたこともあって、不安を感じさせてしまっている部分もある。
ただ、そこでいったん区切りがついた気がしたが、それでも、切り落とした段階になって、まだ何本か、電線にかかっていないけれど、もうすぐかかりそうな枝が何本もあることがわかる。
それで、さらに、切ろうとしたら、もうやめた方が、と妻にも言われたのだけれど、ただ、今やらないと、もうすぐまたかかってしまうから、ということを伝えて、やっぱり作業を続けた。
高枝切りバサミを使って、また枝をはさんで、ひねって、それをくり返して折っていく。
何本か切って、さらに空が広く見えるようになった。
ちょっとホッとした。
妻と一緒に、切り落とした、というよりも折った枝を、短く切り揃えて、燃えるゴミの日に出せるように少し整える。使ったノコギリに油をひく。
最初は、電線にかかる枝を数本切ればいいと思っていたから、10分くらいで済むのでは、と考えていたのだけど、そこまでの作業をして、手を洗うときに時計を見たら、だいたい1時間は経っていた。
ちょっと驚くが、改めてお金がある家が植木屋さんにお願いする理由もわかった。手間と時間をお金で買っているようなものでもあるし、伐採の技術で、樹木の整い方も違ってくるはずだった。
それでも、今度は、葉っぱが散って、枝だけになったら、もう少し、幹の部分から切った方がいいかも、といったことを、妻と相談していた。
また伐採しなくてはいけない。と思うと、ちょっと気が重いけれど、それを怠ると、まだ柿の木は元気なので、知らないうちに伸びてしまうのを、今年も思い知らされたから、切らないといけない、と思う。
天気は良かった。
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