テレビについて(51)「完璧な構成」-------『私のバカせまい史』
ある分野のことを、なるべく丁寧に振り返ることで、思ってもいないようなことが分かることがある。それは、場合によっては分かりにくいし、今も大勢に向けているテレビというマスメディアでは、マニアックすぎると言われそうなこともありそうだ。
だけど、最近、その難しいことをクリアしながらも、テレビのエンターテイメントとして成立させている番組を見た。
しかも、完璧な構成だった。
『私のバカせまい史』
2023年5月25日の放送も、これまでと同じように「誰も調べたことがない歴史」という表現を使っていた。それは、元から、多少、マニアックです、それになじみがないことです、といった情報を提示しているから、見る人を選ぶ、ということを、最初にメッセージとして出している、ということでもあると思った。
そのあたりは、慎重なのか、親切なのか、迷うような気持ちにはなるけれど、やはり、これはクレームのようなものを想定して、最初から、そうした批判を、なるべく避ける、いわゆる「保険をかける」目的もあるような気がした。
その上で、まず、この日の最初のテーマは「海外スターお忍びグルメの歴史」だった。
しかも、「キアヌ・リーブスの異常なまでのラーメン好き」といった文字を出したので、これは、広く興味が持たれる話題であるのは間違いなかった。
そこで、様々な「海外セレブ」が紹介されていたが、最初のタイトルがあおりでも、大げさでもなく、確かにそういう内容で、ただ、あちこちのラーメン屋に「キアヌ・リーブス」の色紙があるといった噂は聞いたことがあったから、それを確かめられるような安心感まであった。
この内容で、だいたい15分くらい。
いろいろな人名と、店名が出てきて、飽きないうちに時間が過ぎた。
次のテーマは、『中島みゆき 「糸」カバーバージョン史』にうつった。
それは、今は聞く機会が多くなった「糸」という楽曲が、どれだけの人がカバーしているのかを、実際に「糸」の音楽に合わせて次々に紹介していく。
全部で148人。
それは視聴者の予想をはるかに超える人数なので、全てを映像で見せることは難しいようだったのだけど、途中で、「え、この人が?」と適度に驚けるような人をはさんで、そのことで、単調になりがちな時間に、刺激を加えていた。
人が退屈することに、どこか、恐れのようなものまで抱いているのがテレビというメディアかもしれないが、かなり考え抜いているのは間違いなかった。
ここまでで、2本のテーマ。20分ほどの時間が過ぎていた。
『エイプリルフールに嘘をつく芸能人史』
そして、ここから3つ目のテーマ。残りの時間からいっても、内容からいっても、この日のメインのはずだった。
具体的な事実と、人物。統計的な数字。
バラエティとはいえ「調査」という名前をつけているので、そうした要素をバランスよく組み合わせ、飽きないように、同時に説得力を持たせるような工夫がされている。
その上で、表に出せないことから見えてくるもの、問題点、その上で、自分たちへの批判をかわすための気遣い。
見終わった後は、そうしたことまで含まれた完璧な構成だと思った。
エイプリルフールの歴史
プレゼンテーションしたのは、バカリズム。
最初にテーマをあげた瞬間に、そんな細かいことを、といったツッコミが入る。それは、視聴者の気持ちでもあった。
まず抑えたトーンで、最近は、特に嘘について社会が厳しくなってきた、という言葉で、共感を呼んでおいて、だからこそ、「唯一、嘘をついていい日。エイプリルフール」は意味が大きくなってきている、という入りから、その歴史については、諸説あって、はっきりとは分からない、という流れからの、具体例にうつる。
最も古い「エイプリルフール」の記録は、1698年。ロンドン。ライオンを入浴させる儀式がロンドン塔で見られる、というウソで、人が集まった、という事実。
これについては、知っている人の方が稀だから、素直に、ちょっとした驚きを生んでから、もう一つ、1878年に、エジソンが、土から穀物。水からワインを直接作れる機械を発明した、という嘘記事が載ったことを伝える。しかも、その嘘は、エジソンが蓄音機を発明した直後、という興味深い情報まで付け加える。
このあたりは、感心、という要素が多い。
その後に、海外で始まった習慣が、日本に入ってきたのが大正時代。
当時は、直訳で「四月馬鹿」だと言った瞬間に、ウソだー、といった声がスタジオでもあがる。これは知らなければ当然のことだけど、出演者の中でも年齢が高い立川志らくが「いや、そうだった。私が子どもの頃は、普通に言っていた」という発言で、その熱気は速やかに去ったから、実体験をしている人の言葉の強さと、このやりとりだけでも、人の関心を惹く要素だと思う。
ウソくさいけど、本当のことだったからだ。
さらに、時代がくだり、20世紀後半になり、例えば、バイクメーカーがエイプリルフールについたウソが、のちに製品化された、というような事実も並べられていく。
ただ、ここまで、知らなかった事実を、観客である出演者のツッコミも誘導しながら進めたせいで気がつきにくかったのだけど、実は「エイプリルフールに嘘をつく芸能人史」というテーマでありながら、ここまでは、エイプリルフールの歴史をたどったに過ぎないから、まだ本論には入っていない。
でも、この歴史の後ろ盾がないと、おそらくは、かなり内容も薄くなるし、説得力も落ち、結果として「面白くなくなる」ことも、伝える側はわかっていたと思う。
芸能人のエイプリルフール
そして、現在につながるエイプリルフールの「革命」として、4月1日のウソを、ブログで始めたのが、中川翔子(しょこたん)と紹介する。
これで、急に関心への距離感が近くなる。
2006年4月1日。
しょこたんのブログで、ツンデレ寿司屋がある、というウソをつく。
それから、大勢の芸能人が、「のびのびと」エイプリルフールに参加を始め、そこに統計が入って、やはり「アイドル」が多いという事実を挙げて、その理由として、固定ファンとのコミュニケーションという目的があるという分析をする。
その後、アイドルの代表的なウソとして矢口真里が「身長が1センチ伸びた」と「報告」したり、2015年には渋谷凪咲が「宇宙人と遊んできます」と、つぶやいたりしていたことを伝える。
全く知らないけれど、少し微笑ましい話でもある。
さらには、アイドルのウソとして、2022年、乃木坂46の山下美月が、「タコになりました」という写真を載せ、翌年も、同じ映像を貼っている。それに対して、手抜きと思われがちですが、という前置きで、これは、でも、前の年と同じ、とツッコめるように、自分だけが知っている、というファンへの特別感もサービスしている、というバカリズムの分析まで入る。
なんだか、すごい。
それからミュージシャンのエイプリルフールとして、西川貴教のウソを3回連続で紹介したあと、「ウソのジャンル」や「ウソをつく時間帯」のアンケート的な統計と、2010年代以降は、その習慣が衰退するのだけど、その理由についても、3つ挙げている。
言われてみれば、そうなのだろうと思うけれど、こうしてアンケートとして集計をすると、納得感もある。
(そして、こうして再現するように書いていても、あの番組を見ているときのスピード感や、面白さの濃度の変化を伝えるのは、自分の能力不足はあるとしても、改めて、とても難しいことが分かる。テレビという映像と音声のメディアの強さを感じる。そして、それを有効に利用しているバカリズムの凄さも、改めて思う)。
具体例
統計という数字と、人物の言葉という具体例。
その組み合わせで飽きさせずに、話が進んでいく。
そして、「エイプリルフールが衰退した3つの理由」をかいくぐって、エイプリルフールの適度なウソをつくことは難しいという、コメントがあった後に、ウソに苦しむ芸能人が登場する。
宮地真緒。
朝ドラにも出演した女優。ファンサービスとして、ずっとエイプリルフールにウソをついてきたが、10年以上経って、もうネタがない、と嘆き、そして、今年、2023年4月1日には、動画を公開している。
……若い頃、ブログで、毎年のように結婚します。とか、仕事を辞めますとか。
ずっとウソをついてきて、実生活でも4月1日はウソをつくようにしてきた。
どうして、あんなに情熱かけてたんだろう?
普段、やっぱりウソが好きじゃない。1年に1回だけ、ちゃんと嘘をつける日、ってことで、盛り上がっていたのかも……。
宮地真緒は、そんな話を動画の中で静かに続け、ものすごく真面目なんですね、というフォローをバカリズムがしている。
さらに続けて、エイプリルフールと、いい感じに向き合っている芸能人として、浅野忠信の具体例が挙げられる。
おー、とスタジオ内で、笑いと感心の声が広がる。
このパーム油の生産、というパワーワード。ワードセンスがいい、とバカリズムがコメントする。
非常にいい嘘ですね、とバカリズム。
そして、今年。2023年4月1日。
毎年、いい感じに力の抜けた嘘で皆さんを楽しませてくれている。まさに、「Mr.エイプリルフール」と、バカリズムは結論づける。
そして、笑った後に分析が入る。
浅野忠信さんの、エイプリルフールのウソに、長く続けるヒントが隠されている。
それは、「嘘のフォーマット化」。
お手本のような嘘。
いいフォーマットを見つければ、宮地さんもね。とスタジオから声もあがるが、それに対して、向き合いすぎた。真面目だから。そんなバカリズムの、さらに宮地をフォローするコメントと共に、ここで、終わるかと思った。
完璧な構成
ここから、まとめに入る。
調査してわかったことがあります。
52人。
これは、使用許可が出なかった芸能人の数。
正式NGの理由。
時期的に、という理由に、誰?という声が上がる。
そこは、あえて取り合わずに、バカリズムは、話を続ける。
「許可に苦戦してきた当番組でも、最も苦戦したと言っても過言ではない。
ちなみにミュージシャン部門で、西川貴教さんを連投したのは、これは、いじったわけでもない。
単純に、ミュージシャンで、OKを出してくれたのが、西川さんだけ、だったのです」。
ここでスタジオの空気が変わるのが、テレビ画面を通じても、伝わってきたような気がした。
これは、すごい。
許可してくれた人を、さりげなく、ほめている。だけど、これは、同時に、許可を出さない人を、視聴者にとって「悪者」にしてしまう可能性もある。だから、それを分かった上だろうけれど、すぐに、バカリズムの、こうした話が続いていく。
「なぜダメなのか?
無言のメッセージを感じます。
掘り起こすんじゃねえよ。
そりゃそうですね。エイプリルフールというのは、あくまでも、当日のノリを楽しむもの。
こうして、掘り起こすものじゃない。
もしかしたら、芸能人のエイプリルフールの嘘が減ってしまったのは、僕みたいな掘り起こす人間のせいではないか。
そして、最後に許可を出さなかった、某アイドル、某俳優、某ミュージシャンの方々、
変に掘り起こそうとして、すみませんでした」と謝る。
この一連の話で、許可をしなかった人間への否定的な見方も、和らげることもできる。さらに、話を続ける。
「そして、寛大な心で協力してもらった方々、
本当にありがとうございました」。
ここで、さらに宮地真緒に触れる。
「やっぱり、ピュアな方ですよね。許可も出してくれましたし」。
最後まで、フォローもして、だけど、これで許可を出した方がいい、というメッセージにも暗黙のうちに出している。番組の次につながる役割も果たしていた。
ほとんど誰も大々的に取り組まなかったテーマ。
その意外な長い歴史。
SNSの発達によって、モードが変わった日本の芸能人のエイプリルフール。
同時に、時代がうつることによって、急速に衰退した理由。
さらには、芸能人が、自身のエイプリルフールでの発言に対して、許可を出さない意味の分析と、自らの調査に関しての自己分析。
念のために、自己批判まで付け加え、エイプリルフール、という、たわいもない「遊び」から、社会状況の変化までも盛り込んでいる。
これだけの要素を詰め込みながら、完璧な構成だった。
このテーマは、ここまで約30分。映像もあるので、この文章から受ける印象よりも、はるかにスピーディーで、盛りだくさんでありながら、説得力もあった。
なんだか、すごかった。
もしかしたら、今後も、この番組によって、忘れ去られそうな出来事も取り上げられ、そのことによって、その見方までも変えられるかもしれず、そうなれば、その在り方は、現代アートに限りなく近くなる、と思う。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
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