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【短編】クズの猟犬③

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フロアに侵入。エレベーターホールにでた。匂いが強くてえずく。吐きそう。1番匂いが強い場所についた。

ガラス張りの自動ドア。蹴破られたあとだ。ラビット金融って書いてある。金貸しの会社か。
中では、犯人が人質に何か話している。脅しているのか。なるほどこれが立て篭もりか。
中にゆっくり入っていく。
「誰だよ!」
またもやラッキーだ。ナイフを持った男が俺を見ている。首の辺りに目線がくるのがわかる。
「犬か!来るな!」
男はナイフを俺に向けてくるが目が泳いでいる。俺は右手に銃を持ってる。冷たくて重い。
「コイツも殺すぞ。」
コイツと言われたのは女の人。で、腹がでかい。その横には、男がぐったりしていた。恐らく川嶋が一人死んでるって言ってた死体だ。
「いいよ。俺には関係ないから。」
「はあ?」
「大人しくしないと、俺もお前殺すから。そこんとこ、ヨロシク。ワンナイカーニバル胸の奥」
「ふざけてんのか!」
「ズキズキと、音たてるエンジェル。」
俺は犯人に銃を向けてみた。氣志團で緊張をほぐしながら。銃なんか生まれて初めて人に向ける。
「この女殺すぞ!」
「やれよ。もう一人殺してるなら簡単でしょ。俺は初めてだから緊張してる。優しくしてね。」
狙いを定めて、安全装置を下げた。でもなんか引き金が引けない。犯人が女の首にナイフを近づける。妊婦死ぬとかマジきついな。
「なあ、一個教えろ。なんでこんなアホなことしてる?お前も俺も。」
「お前は仕事!」
「じゃあ、お前は?なんで、人殺して立て篭もってんの?何時間やってる?腹減らない?眠くない?その女だって、疲れてるじゃん。因みに俺も眠い。」
男がナイフを下ろした。俺は激しく動揺してるし、コイツだって多分頭しっちゃかめっちゃかになってる。
「融資が受けられない…工場が潰れる…街金に手を出した…もう自己破産しかない…倒産だ。」
てことは、コイツ社長さんなわけ?可哀想。でも、それで人殺しちゃうとか違くねーか。
「俺は親父の跡を継いで今まで工場を維持してきたのに、コイツらが…高い金利が…もうどうしろってんだよ!」
また、女にナイフを向ける。女の様子がおかしい。
「あの、ちょっと待って。」
「なんだよ!殺せばって言っただろお前。」
「言ったけど、なんか苦しがってない?その人」
「え、え、え?」
「え?じゃねーよ、バーカ。」
もしかして、生まれそうなの?え?てか、臨月ならなんでのこのこ街金に来てんの?こんな時間になんでいんの?はあ?つーか、制服か。従業員?こんななるまで働いてんの?は?ブラックじゃん。つーか、こんなベタなピンチがあるかよ。

じりじりと二人にゆっくり寄ってみる。女がいかにも苦しそうだから、若干俺は焦っている。
「お前、寄ってくんな!」
「うるせーな、黙ってろ。どうせ殺すつもりねーだろ。妊婦なんだから、優しくしてやれ。バカ」
犯人がナイフをおろす。猟るチャンスだけど、どっちかっつーと妊婦が優先。女が座り込んだ場所の床が濡れてる。まさか破水ってやつか、これ。
「川嶋、ちょっとお願いあんだけど。」
俺は今日、都合よくインカムをつけている。
『なんだ?』
「なんか、妊婦が濡れ濡れなんだけど。」
『はあ?』
「苦しがってる。妊婦。多分、産まれる?」
女の顔に汗が滲んでいく。
「応援ほしい。マジで。救助隊いないの?」
『わかった、救護に行かせる。それまでお前が守れ。犯人を逆撫でするな。いいな。』
「はーい」
犯人の顔は青ざめている。こんな時、男は何にもできないって聞いたことあるけど、本当にそうだった。コイツは、一体何考えて街金に立て篭もって妊婦人質にとったんだか知んねーけど。この女がこんな状態になってんのに、なんもしようとしねえとか、俺よりクズっつーか。
「おっさん。」
「え」
「おっさん、子どもいんの?」
「いるに決まってるだろ。」
「へえ。いいなあ。子どもってかわいいんだろ」
「…かわいいよ。」
おっさんが、ナイフを床に置いた。救助隊が来たら、おっさんの気を失わせよう。苦しがってる妊婦さんの腰に手を回して撫でてみる。俺が女の子好きで良かったって、ちょっと思う。優しくしてあげられるから。
「妊婦さん、もうすぐ救助隊来るからもう少しがんばって。」
「ね、…君、もしかして……優しいの?」
「女に手え出すの早いってよく言われる。」
「…クズ?」
「そ。」
苦しそうだけど、ちょっと笑ってる。俺、ちょっと良いヤツっぽい。
「さっきの歌」
「ああ、氣志團?」
「旦那が、カラオケでよく歌ってた。」
「…てた?」
「旦那。」
妊婦さんが指差したのは、男の死体。
「マジ…。」
「この子、産まれてくるのに。なんで…なんで…」
「だな。」
俺は、ずっと腰をさすってる。右手で。せめてあったかい方が落ち着くと思って。
「本当は来月産まれるから。…今日産休前の最後の出勤日だった。旦那、迎えに来てくれたのにさ、こんな…。うー!」
陣痛は波があるって聞いたことある。誰から聞いたかは忘れたけど、多分今、波来てんだろうな。
「もう少しだから、がんばれ。」
犯人はずっと座ったままで、何もせずにただ俺と妊婦さんを見ている。妊婦さんが苦しがってるから、肩を優しく抱きしめた。
「え、…何?」
顔めっちゃキスできる距離。いやいやキスはダメだ。
「あのさ。これだけはその子に言えんじゃない?」
「え?」
「お父さんは、お母さんを守ってくれたって。だから、その子もあんたも生きてるって。」
「……う…っ。」
「良いこと言ったな俺。感涙に及ぶだろ。」
「君、わけわかんない」
「ね。」

救助隊が来て妊婦が担がれていった。俺は犯人を気絶させて、警察車輌に運び入れた。男の死体もとりあえず運び出されたけど、どうなるのかはわからない。

川嶋の車に戻るとやっぱりビンタされた。
「なぜ撃たなかった!?もう1人、いや2人死人が出るところだった。」
「別にいいじゃん、一件落着じゃん!」
車に押し込まれる。首元を抑え込まれて座席に押し付けられた。
「苦しって」
頭を鷲掴みにして拳で顔を殴られる。
「いたいって」
「言ってわからない犬は暴力で教え込む!俺に逆らうな!!」
川嶋の腕に噛み付いた。なんだかんだ逆らったのは初めてだ。言ってわからないなら俺だって暴力に出る。
「キミノリ!」
頭を平手で殴られた。
「だって、わけわかんねーよ!殺さなくても、あんなおっさん、ちょっと殴って終わりじゃん。んで、しょっぴけば済む話。どっかの工場の社長なんだよ、あのおっさん。倒産してさ。大変なんだよ。」
「殺してやった方が幸せなヤツもいる。ああいうヤツは、また同じことやって最後は自殺する!犠牲がもっと出る前に初めのうちに処分するんだ」
「殺して幸せなんかあるかよ」
「お前は、後悔する。殺さなかったことを。」
気のせいか、川嶋の目に恨みのようなものが見えた。俺はなんつーか悔しくてむしゃくしゃする。
「とりあえず、報告書書け。首輪を待機に戻せ。」
川嶋が運転席に座ってから、言われた通り首輪を待機に戻した。
「それからキミノリ、ちょっと付き合え。」
「え」
「本署には真っ直ぐには戻らない。」
川嶋が車を発進させた。
タブレットでエリアを探して報告書を書く。犯人1名狩猟済み。妊婦1名救助。死者1名。
「川嶋」
「あ?」
「…あの人、ちゃんと産めたかな。」
腰をさすった体温、苦しがってる顔。俺も一応、ああいう過程で生まれてきてる。
「がんばってほしいな。あの人にも子どもにも。」
「…クズのお前もそんな心配すんのか。」
「いいだろ、別に。俺もピュアなとこあんだよ。」
川嶋が、ふって笑う。俺の前で笑うの初めてだ。
「ああいうお願いは、遠慮しなくて良いからな。」
「…はーい。」
「良い判断だった。よくできた。」
「…あざーす。」
ちょっと照れくさい。目の奥がジワジワしてくる。たぶん、川嶋から褒められたの初めてだし。車が赤信号で止まる。
「なあ。川嶋。」
「あ?」
ちょっとだけこっちを見る。
「しばかれてばっかだとストレスだから、たまに俺の頭、いい子いい子してくんねえかな。」
岩橋に頭わしゃわしゃされてイライラしてたくせに、今は、頭わしゃわしゃされたい。川嶋は、まっすぐ前を見てため息をつく。
「冗談ならもっとマシなこと言え。」
冷たい返事だった。当たり前か。寂しい。

川嶋が車を走らせてきた場所は、温泉街の24時間の公衆浴場だった。車を降りると、紙袋を渡された。
「汚ねえから風呂入って着替えろ。そのままくれてやる。」
紙袋の中身はアディダスのめっちゃかっけースウェットの上下と、ガーメンツのTシャツとジチピのボクサーパンツだった。
「え、え?え、なんで?」
「いらねーか?」
「欲しい。いいの?嬉しい。」
紙袋を抱きしめた。川嶋に頭を撫でられた。
「イイコ、イイコ。」
涙が溢れてくる。撫でられた。川嶋に。
「なんだよ、これ…これじゃなんかDVのやり口じゃねーかよー。」
「言い方気をつけろ。涙流すな。みっともねえ。」
顔を見ると、川嶋が笑ってた。優しい顔で。本当にDVのやり方だと思う。コイツも実はクズかもしれない。
「キミノリ、風呂行くぞ。」
「はーい。」

久しぶりに入った温泉は気分が良すぎて夢でも見てるみたいだった。

クズの猟犬③
④につづく
#短編小説 #創作 #ハードボイルド #ファンタジー

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