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【短編】さよなら現実
誰でもない誰かの話
「高校野球が人生の全てではない。」
随分、無責任なことを言う医者がいるんだなって
病院を出た夕焼けの下、
頭の中で言葉が何度も再生された。
それが、4年前。
俺は、高校時代、試合で投げすぎて肘を壊し、
野球をやめた。
夕焼けを見るたび、
あの頃通った医者の言葉を思い出してしまう。
こんな綺麗な夕焼けが
こんなに痛いのはなぜだろう。
今日も面接に手応えがなかった。
大企業は目指していない。
中、小の広告会社か、
下請け程度の放送関係で良いのに
スマホが震えるたびに
”今回はご縁がありませんでした”
”検討の結果 不採用とさせていただきます”
俺は、働くことに向いてないのかもしれない。
専門学校なんて来るんじゃなかった。
どうせなら、大学に行けば良かった。
もうすぐ、寮も追い出されるのに
田舎に帰るしかないのか。
多摩川の土手、散歩をしていると
スポ小の野球チームが練習している。
どうせプロにはなれないのに
憧れの選手とか、きっといるんだろうな。
レフトフライが上がる。
外野の子、簡単にキャッチできて当たり前…
え?取れないんだ。
怒られてる。
怒られても無理だよ。
多分、もともと向いてないんだから。
俺も野球なんかやるんじゃなかった。
そうすれば挫折なんか知らなくて済んだんだ。
肘を壊して、部活を辞めて
スポーツ特待生の特権は
なんの役にも立たなかった。
帰宅部に華麗に転身してゲーセンに入り浸り、
何度補導されたか。
中学の栄光は影を潜め
栄冠が俺に輝くことは一生ないと悟った。
土手から、
川辺のグラウンドに降りて行ってみる。
野球チームの声は
少しずつ大きく耳に入ってくる。
外野の子が取れなかったボールが転がってくる。
よくあるドラマとか漫画とかのように。
拾ってみる。
軟式のボール。久しぶりに触る。
「投げてくださーい。」
ドラマのよくあるやつ。
華麗に投げて少年がキャッチするやつ。
軽く投げてみた。
ボールは弧を描いて非現実的な煌めきを見せた。
でも、少年のグローブには
吸い込まれることなく
足元に落下した。
「ありがとうございます。」
拾い上げる少年に
これくらい取れよって苛立った。
就活の上手くいかない俺と
ボールが取れない少年はどっちも現実だ。
苛立っても焦っても仕方がない。
ベンチに座った。
次の面接先をスマホでネットで探す。
俺を落とした会社の求人がまだ出ている。
だったら、俺を採用して欲しい。
俺にとって、
高校野球は人生の全てだった。
テレビでドラフト会議が始まると
そう思わずにいられない。
中学時代、全国大会のマウンドで投げていた。
部活が全てでそれ以外は何も考えていなかった。
女子にもモテたな。
今はどうだ?
俺は、夢に描いていた俺を失った。
プロ野球に行きたかった。
眠るとドラフト会議で名前を呼ばれる夢を見る。
苛立ちながら何枚も書いた履歴書、
良いことだけを書いたエントリーシート
専門学校の課題作品
俺の今の武器はこんなもんだ。
武器屋に売っても受け取ってくれないだろう。
中学の頃の右腕が、
高校で投げすぎて壊した肘が
同じ俺の体の一部なんて信じたくなかった。
なんのために野球をやって
なんのために母校を優勝させたんだ。
俺の人生のピークは終わった。
俯いた視界に白いボールが転がってきた。
「投げてくださーい」
拾って投げてやる。
弧を描くボール。
ボールを受け取れないグローブ。
足元に落ちて拾う少年。
「…取れよって、マジ。」
採用されない俺と落ちるボールが重なる。
また、ボールが転がってくる。
二度あることは三度ある。
「投げてくださーい。」
また投げる。
やっぱり取れない。
「取れよ!」
思わず叫んでいる俺がいた。
苛立ちがピークだ。
少年がビクッとして、俺を見る。
信じられないって顔だった。
俺も信じられないよ。
俺と少年が入れ替わったら
俺は野球がやり直せるし、
また、栄光を手にできるだろう。
漫画みたいにぶつかって、
そうなったら良いのに。
現実はそうならない。
ボールがまた転がってきて、
今度は少年が走ってきた。
「ください」
「これ?」
放り投げる。
取れない。
「おいって、良い加減にしろよ。」
少年が足元に落ちたボールを拾う。
「片目がガラスで、
そっちに行っちゃうと見えないんだ。」
俺は、理由も知らずにただイラついて
「え、試合、どうするの?」
上手くいかないことを八つ当たりしてた。
「試合は出ないの。」
途端に申し訳なくなって話を聞いた。
「それで良いの?」
「楽しいもん。打つ方が好きだけど。」
仲間に呼ばれて少年が走って行った。
反則だろ、そんなハンデ。
フライ取れないのが当たり前って前提で
仲間に入れてもらえるなんてズルいだろ。
そんで、取れなくて怒られてる。
それでも楽しいなんて
どれだけ自由なんだよ。
投げられない肘で、
お役御免になって、
一気に人生が変わった俺と
あの少年は全く違う。
また、転がってくるボール。
「投げてくださーい」
俺は少年に向かってストレートを投げ込んだ。
グローブは、白球を吸い込んだ。
「取れた!お兄さん、取れたよ!ありがとう!」
久しぶりに聴いた音に俺の胸は高鳴った。
野球がやりたい。
できない肘という現実をかなぐり捨てるように
全力でボールを投げたんだ。
「志望の動機は…野球が好きだからです。」
スポーツ誌のある出版社に面接に来ている。
これがダメなら田舎に帰ろう。
田舎に帰って実家を継ごう。
実家は、まさに田舎のスポーツ用品店で
得意分野が野球だ。
「野球の経験は?」
「中学時代、全国大会で優勝してます。」
「高校は?」
「肘の怪我で辞めました。」
「そっか、それからは?」
「帰宅部です。」
「そっかぁ。」
面接官がノリが良くて喋りやすい。
でも、自分のことは話しすぎない方が良い。
この会社がどんな会社でも、
野球に関われるならなんでも良い。
どんな結果になるかわからない
でも、全力投球だ。
グローブに俺の投げたボールが吸い込まれて
俺は、卑屈な現実から抜け出した気がしたんだ。
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