![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/90508331/rectangle_large_type_2_49af4bf647b2119feca41d24438e5d55.png?width=1200)
【短編】クズの猟犬⑩ 最終回
⑨はこちらから
⑩
心臓が動いている。俺の胸からはもう感じられない鼓動を感じる。ゆっくりと鼓動のスピードが落ちていく。右手に体温を感じる。
「高木。人間には、心臓と同じように体温がある。お前はもう、体温なんて忘れてるだろうけど、そのあったかさとか奪う権利なんか誰も持ってねーよな?」
高木の目からボロボロ涙がこぼれている。体は心臓を修復しようと動いている。
「…嫌だ。」
「うん?」
「負けるのが嫌だ。お前に負けるのが嫌だ!俺は絶対に負けないんだ!お前なんかに負けるわけないんだ!俺は神様に1番気に入られているのに、負けたらいけないのに。くだらない人間をくだらない人間が作ったものを本当の平和、本当の幸せのために殺して壊して…。邪魔するな!邪魔するな!!邪魔するなあー!!!」
建物が爆発する。悲鳴が聞こえる。
「おい、ふざけんな!」
「ハムのくせに、偉そうに!」
「やるなら俺をやれって!」
左手で顔を殴る。高木が倒れ込む。
「いらない人間は殺す!!」
「誰が言ってんだよ、くだらねえ!お前の考えじゃないだろうが!すっからかんの脳みそで考えたフリして洗脳されてんじゃねえ!!」
力いっぱい高木の頭を蹴っ飛ばす。高木は、俺の足を掴む。
「なんでハムなんだよ!なんで!」
高木は、泣きながら大声を出す。
「知らねえよ、俺だって、こんなことやりたくてやってんじゃねえよ!目え覚ませ高木い!!」
「ああああ!ああああ!」
起き上がった高木が俺に精一杯の頭突きを喰らわせてきた。頭にくらって、ぐわんぐわん視界が歪む。
「この、クソガキ!!」
高木の腹部を俺の左腕が貫通する。再生が追いつかないように、腹の肉を掴んで引きちぎる。心臓を抜いてから、再生するスピードは落ちている。
「中2で死んだんだろ?悔しかっただろ?」
高木はずっと泣いていて、顔の形が大人から子どもに変わっていく。
「…塾の帰りだった。あと一駅でうちに帰れた。運転手が居眠りしてたんだ。後から聞いた。そんなちょっとの手違いで僕は死んだ。誰が悪いんだよ?僕がその電車に乗ったのが悪いのか?もう一本早いのか遅いのか…そっちに乗ってれば。運の悪さは僕のせいか?僕が悪いの?教えてよ!」
「悪いのは運転手と、居眠りするような勤務体制にしてる会社だろ。誰が言ったんだよ、お前が悪いなんて。そう思ったのお前だけじゃないの?」
俺の胸ぐらを掴む手も中学生のように頼りない。
「こんな僕を神様が、見つけてくれた。神様の言う通りにしていれば僕も幸せにしてくれるって。永遠に生きられて、世界で1番幸せにしてくれるんだ。邪魔しないでよ。自由に生きてるだけのハムがなんで僕の邪魔をするの?僕の好きなしばちんも、ハムのものだった。僕はいつも欲しいものを手に入れられない。だから、せめて神様のお気に入りになりたいだけなんだ!邪魔しないで!」
「…だったら今、お前は幸せなのかよ?周りを見ろよ。お前がやってることで幸せになってる奴がいるかよ。他人の不幸がお前の幸せなら、お前の神様はクズだろ。」
ゆっくり再生されていく体は力無く、小さくか細い。
「クズのお前が、誰をクズって…。」
青白い顔、遠くを見る目。仮想空間の中で高木はがんじがらめに縛られている。
「高木、もうやめろ。お前の体を連れていく。頭ん中調べてもらえ。」
再生のプログラムが壊れたんだろう。おそらく列車事故当時の高木が再生されている。
「…ハム、僕は間違ってない。」
力なく項垂れながら高木がつぶやいた。俺は襟首を捕まえて高木を歩かせた。俺がなんか言ったところでこいつの思考回路が違う方向に繋がるわけはないから諦めた。
高木には死体と怪我人が転がる現場を見せた。Dマットや救急隊が忙しく駆け回っている。視覚情報を仮想空間に送る。そっちでどう見ているか、どう思っているかそんなことはわからないけど。やったことがどんなことかぐらいは見てほしい気持ちだった。
「キミノリ、お疲れ様。」
「マジ、疲れたよ。しんど。」
高木は、言葉を発さなかった。
川嶋が警察車輌の前で高木に手錠をかけ、車に乗せた。車輌は動き出して、本署に向かっていく。
「高木の体、あんな小さかったんだな本当は。」
「…再生のプログラムがバグったんだろう。知能に伴ったんだな。」
「よくわかんないけど、俺の知ってる高木はココナッツくせえ豚だったんだけどな。」
「丸い体は、強く見せたいがためのアバターだったのかもしれない。」
「変幻自在かよ。怖いって。」
川嶋は俺を見て、口の端を上げた。
「お前だって、末永みたいに作ってもらうこともできるんだけど。」
俺は、末永くんに憧れているけど。なんで、川嶋にバレてんの?
「は?俺は俺のままでいいよ。」
「ふ。そうか。」
もしかして、澤田が川嶋になんか言った?だとしたら、なんか俺に対して失礼じゃない?
「そういう仏頂面は人前でするな。子ども扱いされる。」
膨らませた頬を潰された。
「うっ。」
「痛いか。」
「うん。」
川嶋が手を外す。
高木に見せた事故現場を改めて見てみた。爆破された二階建ての商業施設2棟、被害者は1000人以上。うち、死者300名程度と見られる。
「……。」
遠くから、子どもの泣く声が聞こえた。いつもは気にしないその声の方を見る。
「川嶋、お願いあるんだけど。」
「ん?」
「毛布持って一緒に来てくれない?」
声の方に走る。救助隊も気づかないほどの小さな声。一頭、救助犬も走っていく。瓦礫のそばで吠え始める。
「あの中に、人が…」
瓦礫に駆け寄る。瓦礫をどかした。子どもの声が大きくなった。
「おかあさーあーん!わあー。」
大人が子どもに覆いかぶさって気を失って、呼吸が止まっている。
「大丈夫だよ。」
子どもはさらに泣き叫んで収拾がつかなかった。
「川嶋、子ども!」
川嶋は子どもを引き摺り出して毛布をかけた。子どもは泣き止んで川嶋の腕に収まっていた。
「良い子だ。怪我してないか。」
俺は親を引き摺り出して、心臓マッサージをした。心臓から鼓動を感じない。
「川嶋、誰かにその子預けたら、誰か救助隊連れてきて。お願い。この人も助けて。」
人の命は、本当は1回限りだ。人生なんか意外と短い。
「帰ってこい。俺と違って大事な命!」
俺はクズで、いい加減で人生なめてて、大学で死んで犬になった。この人は、あの子どもの母親で、あの子どもにはこの人が必要でこれからもっともっと、ずっと今より楽しいこともあって、今日死んだ誰かの分もこの人が助かって生きてくれたら…
「代わります!」
救助隊に心臓マッサージを代わって貰う。AEDが胸に当てられて、体が跳ね上がる。
「キミノリ、後は任せよう。」
「待って川嶋、もう少し。」
何度目かのAED。帰ってこない。心臓マッサージを繰り返す。隊員が最後と決めてAEDをかけた。
心臓が動き出して、担架に乗せられて行った。
「キミノリ、帰ろう。任務は終わりだ。」
俺は鼻を啜った。
「はは。」
川嶋が俺の顔を見て半笑いしてる。
「なんつー顔だよ、お前。」
「…だって、…だって。」
「ん?」
俺は今まで、この仕事が大嫌いで、すぐにでも逃げたかった。
「助かったんだよ、あの人。」
「……だからって、泣くなよ。気持ち悪い奴。」
涙で視界が滲んで1人で歩けそうにない。川嶋の服の裾を引っ張って歩く。
「ちゃんと確認しながら歩けよ、瓦礫散らばってるから転ぶぞ。」
「うん。」
川嶋は俺の手を振り払おうとはしない。
「なんか、車まで遠いなあ。だる。」
川嶋から始めて不満がこぼれ落ちた。俺は少し面白くて、吹き出した。
「なんだよ?ん?」
俺は首を横に振って涙を拭いた。
「ねえ、高木はどうなる?」
「……この後のことは上が決める。」
「高木の後ろの奴らは?」
「……俺たちの管轄外だからな。高木を使ってこれだけ何度も事件を起こしてるんだから、捕まらないとおかしいだろ。」
「全部、終わるかな。」
「まだ、時間かかるだろうな。」
いつか、高木に聞いてみたい。
新歓コンパでなんで俺に声かけてくれたんだって。嫌いなのに、なんで俺と一緒にいてくれたんだって。俺は高木を見下していて、それに気づいていたのに、一緒に飯食って、ゲーセン行ったり、教室でも隣にいたり…なんでだったんだろう。
車の後部座席、報告書を書く。
書き終わって、タブレットを閉じた。少し眠くて目を閉じる。たった1分でも夢が見られるって初めて知った。
いつもの学食。大盛りカレーの高木、ささみサラダと胸肉唐揚げの岩橋、エビフライランチの酒井、ミルクティーとフルーツサンドの芝浦、焼肉定食の俺。
「なあ、もし、地球に隕石が落ちてきて、それが日本と同じ大きさで日本に落ちてきたらどうする?」
大盛りカレーの福神漬けを掬いながら高木が言った。みんな各々答えを出している。
「ハムちゃんは?」
芝浦が俺を覗き込んだ。
「俺は……」
久しぶりに見た芝浦はまるで生きている時と変わらない。
目が覚めたら車は赤信号で止まっていた。
「キミノリ、なんか言ったか?」
「ん?」
川嶋がチラッと俺を見る。
「寝言か。まあ、良いけど。」
窓の外、本署へ向かっていないような気がした。空から雪が降ってくる。車の中はエアコンがついていてあったかい。
「川嶋、どこ行くの?」
「お前、臭いからな。風呂に寄って帰ろう。」
臭いなんて一生懸命働いた俺に向かっていう言葉じゃないし、失礼だ。
「俺、今日みっちり働いたのに。」
「拗ねるな。ガキ。」
俺の現実は、雪が降ってるからってなんか良い雰囲気になんかならない。ただ、雪ってことは寒いなっていうだけだし、雪だからって、川嶋がなんか優しく俺に接してくれるとかそういうのじゃないんだ。
着いたのは、温泉街の公衆浴場。
車から降りるとやっぱり寒い。雪はさっきより激しく降ってくる。
「これ、遭難するんかな…。なあ、川嶋。」
「ふふ。バカだな、やっぱり。」
少し大きめの紙袋を渡された。少し重い。
「風邪ひかないように、これ着て出てこい。」
中を見てみると、キーラのジャケット。
「ええ!」
「約束したよな。ご褒美やるって。」
袋の中には、他にも着替えが入っていて川嶋のこういう気遣いというか、方向を間違えた面倒の見方、俺は何気に気に入っている。
「ありがとう、川嶋。」
何を間違えて世界が狂ってるのか、わからない。よその国の人間が街ごと地域を破壊してよその国の人間を殺している。
日本の原発が爆発して放射線被害で故郷に帰れない人がいても、同じような効果のある爆発物を開発し使おうとしている。その影響は計り知れない。日本でも事故を起こした原発を動かそうと水面化で計画があるとかないとか。海の向こうの現実は明日の俺たちの現実だ。
夢みたいな現実を俺たちは過ごしている。それが良い夢か悪い夢かは、それぞれの意識で変換されていく。
「なあ、川嶋。」
「ん?」
露天風呂は雪に囲まれて顔が寒い。
「もし、地球に隕石が落ちて来てそれが日本と同じ大きさで日本に落ちて来たらどうする?」
「なんだそれ。」
「どうする?」
「…うーん。」
川嶋は少し考えて、
「お前はなんて答えた?」
俺に聞いて来た。
「ずるい、俺に聞くな。」
「そうだな。家族全員で地下に逃げるか。お前と澤田も連れて行こう。」
意外だった。第一線に立って地域住民を逃すとか、機動隊を動かす指揮をとるとかそんなことを言うのかと思っていた。
「お前はきっと家で女とセックスするんだろうな。それはそれで正解だ。その女を愛していれば。」
愛していれば…本当に好きな女なんて今までいなかった。これから、そういう女に出会えるか……出会いたいと思うのは俺らしくないし、烏滸がましい気がする。
「いや、そうだけど。…川嶋のは意外。」
「ふふ。意外か。」
川嶋が息を吐いた。
「言っただろ、身を守ることが何よりも大切だ。」
「そっか。確かに。」
生かされる人生がどのくらい残っているかはわからないけど俺を動かすのがコイツなら安心できると、少しだけ思った。
クズの猟犬 〈了〉
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/90512366/picture_pc_bcfd8022d78978dbfd22147c51d72fd9.png?width=1200)