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"たまたま"はわたしからの贈り物

嫌だと言いたかった。
泣きたかった。

やけど、
私が私の感情を出すと悲しむ人がいる。

だからのみこんだ。

自分の言葉を。
自分の気持ちを。

そうしたら
感情がうまく出せなくなった。

だから私はいつも怒っている。

そんな私自身に。

naomi


私の人生っていつも「たまたま」で構成されている。

カラダが言うことを効かなくなって、
"たまたま"病院に行った日が心療内科の専門医の先生で、
時間がゆるす範囲で丁寧に話を聞いてもらえた。

悲しいわけではないのに自然と涙が溢れて止まらなかった。

「あぁ、話が聞いてほしかったんやな」って。
ただ聞いてくれる人が。

自分が思っているよりもずっと。
私は頑張ってくれていた。

私のためにずっとサインを送り続けてくれていた。

気をつけていたつもりやったけど、
流産の衝撃は、私の心に大きなダメージを与えていて。

今の私は泣きたいのだ。


実は昔から命と向き合う機会は多かった私。

大好きなおじいちゃんが亡くなったときも、
父や兄、おばあちゃんたちが亡くなったときもあまり乱れたことはない。

だから私はずっと強いんやと思っていた。
というよりも、心の奥底では自分のことを
冷たい人なんじゃないかと思っていた。

やけど、それは違って。


私が取り乱すと周りが悲しむから。
周りが困るから。
という理由で周りの人に対して、私はちゃんと愛を持っていた。

私は冷たい人なのではなく、
ちゃんと、私の中に深くて大きな愛があると知れた。

元からちゃんとあったのだ。


はなちゃんが私の元に来てくれて、そして帰っていかなければ。
あの日、末っ子くんが高熱を出さなければ。
自律神経が乱れていなければ。
あの日、あの時間に病院に行かなければ。

あの"たまたま"がなければ。

日常生活に支障が出るのはしんどいけど、
私に深い愛があると教えてくれた今の私を
私はしっかり抱きしめていたい。

本当にありがとう。
教えてくれて。


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