あなただけの冬 【Omnibus Soundtrack】
駅から出たらすぐ前の八百屋さんで、いつもの看板猫が日向ぼっこしている。日かげと日かげの間にできた蜂蜜色の陽だまりの中に丸くなる猫。その背中を、通りかかった人は皆、つい立ち止まって撫でるか、あるいは遠くから撫でた気持ちになるか、してしまう。
太陽の温かみと喜びは、猫の背中を通して目から入ってくる。
冬が来る。
「お風呂入ってー!」
というお母さんの声に、こたつに隠れる妹と私。布団の中にもぐって、息を潜めた。四角く囲まれた世界は、ヒーターの光で紅く朱く照らされていた。台所からはお母さんが夕飯を作る音が聞こえてくる。私たちは、こたつの中で真っ赤なほっぺたをして、お母さんに見つけてもらうのを待ってた。
熱くて飛び出すのが先か。
お母さんがこたつ布団をひっぺがすのが先か。
冬が来る。
いつもニヒルな先輩。
口を開けば私をからかうような言葉ばかり。でも、なにかと見守ってくれてて、私が困っている時にはさりげなく手助けしてくれる。メガネの奥の目はいつも優しい。
今日も、私が取引先で失敗した件のアフターフォローに奔走して、帰社するのが遅くなった。
「あー!さむ」
「おまえ、お礼はいいから、あったかい飲み物な」
湯気が立ちのぼる熱々のコーヒーカップを渡す。
「おまえはリスクをひとつ体得したよ!これに懲りて、もうミスらないこと。ホントはおまえ、出来るやつだからさ」
とか何とか私に説教してくるけどね、怖くない。
だってメガネが曇ってる。
冬が来る。
深く深く入り込んでいたミステリの世界から出てふと目を上げる。日は傾いて遠くの山の後ろへ行ってしまい、早くも夕暮れが近づいていた。そろそろ窓辺にあかりを灯してジャズでもごく小さくかけようか。ストーブの上には、根菜とキャベツとソーセージがごろごろした鍋がかけられ、時間が美味しく味付けをしてくれている。
分厚いペーパーバックに目を戻すと、探偵は安楽椅子に座り暖炉の前でパイプを燻らせていた。
冬が来る。
大学3回生の時、女ばかり3人で、終わりかけのコスモス園を見に行った。高台にあるコスモスの群生に体を浸していると、透明な光の中、私たちと花々しかいなくて、とても静かだった。
今なら分かる。
それは嵐の前の静けさだった。
まだ誰とも出会う前の、物語の序章。
嫌が応にも巻き込まれ、翻弄されていく人間関係の嵐。感情の渦。
あの日吹いていた風は、すーんと寂しかった。
冬が来る。
❄️
朝、背中にペタリと張り付いている娘。子供の体温は高くて、このひっつき虫と一緒にいることはなんだか贅沢な暖の取り方だなあと思う。
「おかあさん、今日は、雲、出るねえ」
そう言うと、娘は強めに息をハーッと吐いて、空気を指さす。
あなたは、これからどんな冬を過ごすんだろう。
全身で感じて欲しい。
あなただけの冬。
ファンヒーターに入れる灯油の匂いを嗅ぐと途端に何かを思い出しそうになるのは私だけだろうか。
❄️
私の脳内の冬を
オムニバスsoundtrackで
お送りしました
アイキャッチの画像は、モリサワさんのホームページのファンアート的なものです。canvaでうんうん唸りながら作りました。