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たとえ電波が届きにくいとしても。【短編小説】

君は酷い奴だ。

こっちが送ったメッセージを、君はすぐに読んでいるのに、返ってくるまでの時間はとても長い。

あまりにも君が奥手だから、私から誘うことにした。
先手必勝。こういうのはね、男の子がリードする物じゃないの?

『明日、カラオケ行きたい』
  
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『明日2月14日?』

この返信を待つこと30分。
私がその間ベッドの上の枕に顔を埋めながら、足をバタバタと動かしたり、数分おきに携帯を見たり、音が鳴ってやっときたかと思えば違う人からで溜息をついたりしていることを知ったら、君の返事は早くなるだろうか。

電波、届いてる?

『うん、あってる。時間は昼の1時で』

こっちから決めないと、日が変わってしまう。

一度、電話をかけたことがあった。
何度かけても出ないので、理由を聞いたら「電話は、その、声がダイレクトに耳に届くから」という。
要するに恥ずかしいのだ。
そういう所も、愛らしいのだけれど。

その日のやり取りは待ち合わせ場所と時間を決めただけで終わった。

次の日、待ち合わせ場所に行くと、もういた。

君のことだから、早く来るかなと思い約束の30分前に着いたのだが、それでも私が遅かった。

返信は遅いのに。

手を繋ぐなんて事は、流石の私も出来ない。
でも、せめて歩幅を合わせて歩いてくれてもいいんじゃない?

彼の返事の遅さは、何も携帯でのやり取りだけじゃない。

例えばこんな感じだ。

「今日カラオケ楽しみだね。私、久しぶりだなぁ」

君は?と聞いてみると「あー・・・」と宙を見上げ考えるそぶりをする。

私は答えをまつ。そして数分後「覚えてない・・・」

でも、それは誰に対してでもじゃない。
友人と話しているときや、先生と話しているときは言葉のキャッチボールがスムーズだ。

なのに私だけ。

友人からは、「なんであいつなの?」と驚かれる。「住んでる世界が違い過ぎるじゃん」と。

 顔も頭脳も運動能力も、どこを取っても目立ったところがない彼。

でも、私は彼の素敵なところを知っている。

彼は、人が嫌がることを率先してやる。
目立ちたがりなわけじゃない。
ただ、お人好しなのだと思う。

前に、私が寝坊をしてバスに乗り遅れた事があった。これはもう間に合わないと思った時、自転車に乗った彼が声をかけてきた。
声をかけてきたと言っても、「あの・・・」と言っただけ。
私も彼を知っていた。なんであそこまで自分を二の次に考えれるのかなと、興味を持っていたから。

沈黙が気まずくて、つい「バス、行っちゃって。その、寝坊して」と話しかけた。
彼は「あー・・・」と宙を見上げる。そして、自転車を降りて、サドルを下げ始めた。
何をしているのか分からず、ただ呆然とみている私に、その自転車を渡してきた。

「え、駄目だよ」
「いい」
「いや、駄目だって。君が遅刻するじゃん」
「その、間に合うんだ。方法が、あるから」


でも、と悩んでいる私の返事を待たず、彼は来た道を走って戻っていった。そして、小さくなっていく背中を見ながら、どうしよう、と迷いながらも、どうしようもなくて自転車に乗ることにした。

私は間に合ったけど、彼は結局間に合わなかった。

休み時間で問い詰めると、「その、自転車、弟が使ってて」と答えた。

後から知ったのだが、彼には弟などいなかった。もう少しマシな嘘はつけないのか、と笑った。

けど、そこから不器用な彼に惹かれていった。

今日はバレンタインデー。この日に誘った意味、そして、カラオケでラブソングを歌っている意味、それも気付いてないかも。

時間が刻々と流れていって、別れの時間がやってきた。

いざ、渡すとなるとドキドキしてきた。
もしかして、嫌われているのかも。
強引な女だって思われているのかも。
だから、私にだけいつも返事が遅いのかも。

沈黙が続いたが、覚悟を決めて渡す。

「これ、バレンタインの」

両手で渡す。

「あ、うん」
「一応、本命」
「え、うん」


再び沈黙。彼は何も言わない。数分が経過した。

「それじゃあ」

私からその場を離れた。何か言ってよ。

そこから数日、彼とは話さなかった。
彼からも声をかけることはない。
ちらっと見ると、目を背ける。
やっぱり、住む世界が違うかったのかも知れない。

そう思っていたある日の朝、バス停で待っていたら、彼は自転車で私の前まで来た。付けているマフラーは乱れ、髪も風の影響を大いに受けている。自転車を降り、息を切らしながら、袋を渡してくる。中に入っているのは飴の詰め合わせだった。今日は3月14日。

困惑している私に対して彼はこう言った。

きみが、すきだ。

格好もつかず、息を切らしながらそう言う彼に思わず聞き返す。
そしたら、次は私の目を真っ直ぐに見て、はっきりと、私が待っていた2文字を言った。

私は笑顔で頷いた。

人と人との間にも電波が流れているとして、多分、彼と私では周波数が違うのだろう。

ただ、きっと届く。

「チョコ、おいしかった」

届くのは遅いけどね。

私達はその日、仲良く遅刻した。

(完/1998文字)

作詞:cofumi 
作曲・歌:ハナウタナベ

この度、うたストの方に参加させて貰いました。
noteでの創作は初めてで、とても楽しかったです(^-^)

課題曲の「あなたがすき」をモチーフに作った物語ですが、何度も繰り返し聞きたくなるような不思議な曲です。作曲はハナウタベさん。

詩を元に作っており、作詞はcofumiさん。その詩はこちら


PJさん、素敵な企画をありがとうございました!


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