「デザイン漫遊記③ 丸いデザイン」
ローマの休日と真実の口
今も老若男女問わずに愛され続けている女優の一人にオードリー・ヘプバーンがいます。彼女の映画の代表作品に「ローマの休日(Roman Holiday)」(*1)がありますが、この映画のタイトルを聞くだけでいくつかの名場面を思い出す人は結構多いのではないかと思います。その思い出す名場面には、恐らく殆どの人があの有名な場面を含んでいるのではないでしょうか。
その名場面とは、アン王女(オードリー・ヘプバーン)とアメリカ人新聞記者のジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)がローマの有名観光地の一つである「真実の口」(*2)でアン王女を驚かそうとしたやり取りの場面です。
「真実の口」とは、イタリア語で「 Bocca della Verità(ボッカ・デラ・ベリタ)」と言い大きな円形(直径175cm、厚さ19cm、重量1230Kg、約1800年前)の彫刻です。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会にあり、大きな円形の大理石に刻まれている顔は海神オーケアノスのものとされています。
伝説では口の中に手を入れると、偽りの心を持つものは、手を抜くときにその手首を噛みちぎられるという言い伝えがあります。アン王女はそれを信じ、恐る恐る口の中に手を入れましたが特に何も起きませんでした。
その後ジョーが口の中に手を入れるとなんと手が抜けなくなってしまいました。なんとか手を抜くと、そこにジョーの手首はありませんでした。この時純朴なアン王女はそれを真に受け、恐怖のあまり叫び声を上げ、あげくに泣き出してしまいました。
悪ふざけしていたジョーはスーツの袖の中に隠していた手首をぱっと出して見せました。信じ切っていたアン女王は、ジョーに抱き着き心配していたことを伝えるのでした。アン王女とジョーが少しずつ仲良くなっている雰囲気が伝わってくる名場面です。
真実の口の正体
さて、前置きが長くなってしましましたが、実は、「真実の口」は、元々はフォロ・ボアリオ地区の寺院内にあった集水器の覆いであったと考えられているそうです。
つまり、古代ローマ時代の下水道のマンホールの蓋だったとの事です。
個人的には「真実の口」は、恐らく現存する最古のマンホールの蓋ではないかと思っています。
ついでに、下水道とマンホールの歴史を調べてみると下水道が最初に誕生したのはメソポタミア(紀元前5000年頃)や古代インド(紀元前2000年頃)だそうです。古代ローマの下水道も紀元前600年頃には存在していたそうです。
ちなみに、パリやロンドンに下水道ができたのは、メソポタミア文明から約6500年も後の14~15世紀頃でペストやコレラなどの大流行に伴い都市の衛生環境の改善が急務になり欧米の主要都市に下水道が敷設され、マンホールの蓋は暮らしに欠かせない町の風景の一部として定着するようになったとの事です。
丸いデザインとその機能
マンホールの蓋の形について皆さんの中には「なぜマンホールの蓋は丸いのか?」という質問を聞いたことや考えたことがある人もいると思います。この質問は、マイクロソフト社の採用面接で聞かれたことでも有名な質問らしいです。
「なぜマンホールの蓋は丸いのか?」の説明ですが、マンホールの穴を円形では無く正方形にし、マンホールの蓋も正方形にすると、マンホールの穴の対角線は、マンホールのふたの正方形の一辺よりも大きいので斜めにすれば、蓋は穴に落ちてしまいます。しかし、マンホールの穴を丸くしてマンホールの蓋も丸くします。
マンホールの蓋は、穴と同一サイズ+αにします。蓋となる円形は、マンホールの穴に対して斜めにしようが縦にしようが、穴の直径よりもα分大きいので蓋がマンホールに落ちることはありません。
丸(円)について考えて見ると、丸は2歳児でも描ける程シンプルなデザインで有りながら色々な機能を同時に満たしている究極のインダストリアルデザイン(industrial design)の一つであると私は「真実の口」のようなマンホールの蓋から思いました。
丸いデザインとその機能は、現代社会と密接な関係にあり切り離す事が出来ません。例えば、車のタイヤ一つ取ってもそうです。三角形や四角形のタイヤにデザイン変更する事は出来ません。なぜならスムーズに走るという機能が失われてしまします。
タイヤつまり車輪の歴史を『ウィキペディア(Wikipedia)』(*3)で調べると
「車輪は最古の最重要な発明とされており、重量物を乗せて運ぶ橇(そり)と、その下に敷くころから発展したと考えられている。やがて橇の下にころが、固定されさらに車軸と回転部が分離して現在の形となった。(省略)
円盤状の板材の車輪に車軸を通して回転可能にした構造は、人類の発明の中でも偉大なものの一つであるといわれる。(省略)
車輪の起源は、古代メソポタミアのシュメール人にあり、時期としては(一説では)紀元前3500年ころとされる。シュメールの車輪は、木製の円板に軸を挿したものだった。(省略)」
史実的には古代の車輪と古代のマンホールの蓋は、何の関係も無いと思います。しかし、勝手な想像を膨らませると面白い関係が浮かび上がるかもしれません。
例えば、古代メソポタミアの初期の下水道にはマンホールの穴に蓋が無く時々人や物などが下水道に落ちることがあり、安全確保のために誰かが古い車輪(木を輪切りにした物など)をマンホールの蓋として置いたのがマンホールの蓋の始まりだったりと想像が膨らみます。
丸い乗り物「ワンダースリー」と「monocycle」
最後に、丸(円)について想像が膨らんだついでに、1965年6月6日から虫プロ(手塚治虫)初のTVオリジナル作品で「ワンダースリー(W3)」(*4)という白黒のアニメについて。
このアニメは、地球の調査にやってきた3人の宇宙人と、地球人の少年真一が、さまざまな悪と戦うSF活劇です。地球では核実験が繰り返し行われており、これを重く見た「銀河系連盟」は調査隊としてW3を地球に送り込みます。もし地球が銀河の平和を脅かす危険な星なら、即座に地球を消滅させろと使命を受けて地球に降り立ったボッコ、プッコ、ノッコのW3の3人はそれぞれ、ウサギ、カモ、馬の姿に変身して調査を開始します。
W3の3人の調査隊が乗るマシーンですが、それはなんと大きな一個のタイヤの乗り物なのです。
タイヤの中心に透明な円形のドームが両側に付いておりその中に乗車するようになっています。今から見ても斬新なアイディアだと思いますが、当時小学生の私はこんなタイヤのマシーンに乗ってみたいなと思ったことを思い出しました。
実は、なんとこの斬新なアイディアの「一個のタイヤの乗り物」(monocycle)を製造している人がいます。Kerry McLean(*5)は、1971年からmonocycleを製造しており、V8エンジンを搭載したタイプのmonocycleもあります。
もしかすると、近い将来リニアモータの原理で走るリニアモーターカーならぬlinear motor monocycleが道を走る姿を見られるかもしれないと想像が膨らみます。
*1 ローマの休日
*2 真実の口
*3 車輪 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*4 ワンダースリー(W3)
*5 McLean's Monocycle
筆者経歴
株式会社346 大野 清
米国大学で会計学・機械工学を修学。帰国後、PTCジャパン、ソリッドワークス・ジャパンなどでテクニカルサポート領域の管理職を歴任し、2022年より株式会社346に参画。346社では生産管理・CADシステム運用を担当。
提供:株式会社346
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