留学に来て海外の人の押しに負け、鬱の感覚を取り戻しちゃったかもなぁっていう最近の出来事に対しての振り返り
好きじゃない人に好かれたり自分中心の人にいいように使われたり、嫌だなって思いつつそれに応えちゃったりする。
自分が生きていくために対処しなきゃ行けない部分。
断れないという弱さ、押しに弱いという弱さ、相手への配慮のし過ぎで自分への配慮が無くなってしまうという弱さ。
何か理由がないと断ってはいけないのではないかと思ってしまうがそうでは無い。どんな理由で断っても大丈夫。多分皆案外そんなもんで、自分が何か正当な理由付けをしないといけないと思いすぎているだけなのだろう。
疲れているから無理、これ以上は出来ない、あとは自分でやってくれ、私には関係ない、ここまでやったのだからあとは自分で調べてくれ、そんな風に突き放していい。嫌われてもいい。そんなので嫌ってくるご都合主義者に嫌われたところで痛手はない。むしろこちらが気を使うだけ、優しくするだけ踏み込んでくる搾取者に嫌われるならそうした方がいいまである。
何で今まで気づかなかったんだろう。いや、気づいたけど忘れちゃってたんだろうな。大切な事だから覚えておいて。嫌われても構わない人には嫌われにいけ。自分を守るためだ。
時間があっても時間が無いと言っていい、眠くなくても寝るから無理と言っていい。自分が本当はどう生活しているかなんて相手には分からないのだから。理由なんてなんでもいい。作ろうとしなくていい。やりたくないのならやらなくていい。それが理由になる。それも立派な理由なんだよ。自分の感情もっと大切にして。
海外に行けば日本人の繊細さとか礼儀正しさ、細かな気配りに気づく。逆に海外の人の大胆さや気にしなさが目につく。
どちらがいいかはその時々で変わるかもしれないけれど、やっぱり推しの強さに負けてしまう事は多い。はっきりNoと言えない限り押し付けてくる。そして潰れるのは自分。その原因はNoを明示しない自分にある。
逆に海外の人はNoを言われ慣れているのだから、私がNoと言ったところで"あら、そう。"くらいで終わるのかもしれない。Noの成功体験を積み重ねていこう。Noと言えた回数私は強くなれるし、自分を守れた事になる。
まずは自分の心身を守ること。自分を大切にする事。自分が嫌だと思ったら引き返す、もしくはそれ以上は受け入れない。Noを明示する。
次に自分が大切にしたい人を大切にする。自分の大切にしたい人が自分を好きだと言ってくれるから、自分の好きな人が好きな私を守る事。自分の好きな人に愚痴ったり甘えたり、もしくはキャパオーバーになって当たったりしないように、自分と自分の大切な人を大切にする余裕をまず確保する事。
その上でまだ他人に優しくする余地が自分になったなら、その優しさを誰かに分配してもいい。しなければいけない訳ではなく、してもいい。
今回は断ったけど断りきれなくて押しに押されて受け入れちゃったのがいくつか重なって1人で気負って背負って潰れた。好きな人との会話で楽しそうにできなかったり愚痴っちゃったり大切に出来てなかったりした。
"どこまでの範囲の人にどこまで気を使えばいいか分からない。"と相談したら、"他人に気使ったり優しくして私に冷たくなるなら私だけ大切にしてほしい。"と言われて確かにそうだなと思った。
今までもそうだった。自分のためには頑張れないから何か他の誰かのために頑張ったり、自分の事や物を大切に出来ないからその代わりに他の人のを大切したり。自分を軸に、内側から外側に広げていかなければいけないのに逆にしてきた人生。
大切な人との時間を長引かせたいなら、大切な人が大切にしてくれる自分を大切にしなきゃいけない。自分を大切にできて初めて本当に人を大切にできる。結局安定した人間関係を得るには自分が安定していなければいけないから。1年前くらいに学んだのに忘れかけてた。思い出させてくれてありがとう。
しばらく人と関わるの辞めようかなと思ってsns通知全部消して触れないで過ごしている今、とても心地がいい。寮の中で他の人と会ってしまった時の残念感たらないが、自分の部屋に鍵をかけてyoutube見たり猫の動画みたり本読んだりして引きこもっている。自分でお金払って留学に来て引きこもるなんて贅沢今じゃなきゃできないし、存分に楽しもう。満足するまで1人で居たらいい。
もともと1人が好きなのに無理して色んな新しい人と関わってきたんだからそりゃ疲れるよ。いっぱい楽に過ごして寝て食べて回復して、前向きな気持ちで好きな人とまた話せるように、この時間を大切にしよう。
人生どのくらい一緒にいられるか分からないからなるべく長く接していたいけれど、この先も長く連れ添って行くために自分にとって必要な時間だから大切にしよう。