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「サイエンスZERO」発、AI と幹細胞が切り拓く未来の養殖革命 (元教授、定年退職334日目)
世界的に魚の消費量が増加し続ける中、持続可能な養殖技術の発展がますます重要になっています。以前、NHK E テレの「サイエンス ZERO」から、私は「ヒラメの養殖技術」と「自給自足型の養殖システムを活用した宇宙養殖の可能性」について取り上げました。「ヒラメの養殖技術」では、緑色の LED 光がヒラメの成長を倍にするという発見がありました。私が感心したのは、科学者たちがそれを単なる現象として終わらせるのではなく、科学的に解明しようとしているところでした。光の基礎実験により緑の光が水中深くまで届きやすいことがわかり、そしてヒラメの持つ視物質がこの光に適応し、餌を見つけやすくなることが解明されました。
今回も「サイエンス ZERO」から最新の養殖技術を紹介します。それは、AI と生殖幹細胞を活用した、自動給餌システムの構築と代理親魚技法です。これにより、人にも魚にも、さらには環境にも優しい養殖が実現しつつあります。(下写真もどうぞ)
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魚の満腹サインを逃さない! AI が実現する最適な給餌システム
魚の養殖において、餌やりは非常に重要なプロセスです。従来は人間が決まった時間に給餌していましたが、これは魚の空腹状態に必ずしも合致するとは限らず、結果として成長のばらつきや餌の無駄が生じる問題がありました。
この課題を解決するのが、AI を活用した自動給餌システムです(下写真)。AI は水中カメラを通じて魚の行動をリアルタイムで監視し、魚が満腹になったと判断すると自動的に給餌を停止します。このシステムにより、養殖業者の負担を軽減しただけでなく、魚が必要な分だけ餌を摂取できるため、成長が安定しました。また、過剰な給餌を防ぐことで、水質汚染を抑制できるようになりました。つまり、この技術は魚の健康を守りつつ、環境負荷も低減する養殖の実現に貢献しているのです。
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“代理親魚”技法による完全養殖への挑戦
現在の養殖は、天然の稚魚を捕獲し、それを育てる方式が一般的です。しかし、この方法では天然資源に依存し続けることになり、乱獲や生態系のバランスの崩壊を引き起こす可能性があります。そこで、東京海洋大学の吉崎チームが開発した「代理親魚技法」が注目されています。この技術では、小型のクサフグを代理親として、高級魚のトラフグを育てることが可能になりました(タイトル写真:注1)。通常、異なる種類の魚が親になることはありえませんが、生殖幹細胞を活用することで、別種の魚に親の役割を担わせることができるのです。
この技術には大きなメリットがあります。小型の代理親魚を使用することで、親魚の飼育スペースを大幅に削減でき、コスト削減が可能で、天然の親魚に頼ることなく、完全養殖が実現できます。
生殖幹細胞と代理親魚がもたらす奇跡
番組では、この技術の実例としてカイワリというアジ科の魚を用いた実験が紹介されました。カイワリから採取した生殖幹細胞を、代理親魚となる異なる種の魚のオスとメスに移植すると、代理親魚のオスはカイワリの精子を、メスはカイワリの卵を作ることができるのです。さらに、この技術はサケ科の養殖にも応用されました。キングサーモンは卵を産めるまでに4〜6年かかるため、養殖が非常に難しい魚ですが、ニジマスはわずか1,2年で成熟し、しかも毎年産卵ができます。ニジマスを代理親魚にすることで、より早くキングサーモンの卵を得ることができ、産卵の回数も一気に増やせるようになりました。(下写真もどうぞ)
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生殖幹細胞と代理親魚がもたらした効果をまとめると、以下の通りです。
成長期間の短縮:短い期間でより多くの魚を生産できる。
大量生産の実現:産卵回数を増やすことで、生産効率を向上。
完全養殖:あらゆる魚で完全養殖を産業レベルで構築可能。
野生魚に頼らない養殖。
絶滅危惧種の復活
この技術の新たな可能性として、絶滅種の復活にも挑戦が進められています。例えば、クニマスはすでに絶滅したと考えられていましたが、この代理親技法を応用することにより、ヒメマスを代理親魚として繁殖に成功しました(下写真)。このように、絶滅危惧種の保存、さらには水中の生態系の健全化にも貢献するこれらの研究が、今後ますます発展することを期待したいと思います。
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注1:NHK E テレ「サイエンス ZERO」の「養殖 x 科学の最前線:養殖技術の進化」より