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自作小説 / 後悔記念 1

#本 #小説  

「それでオッケーだろう。
火曜、水曜、木曜で。
オッケーだろう」

隣りに座った人が、魔法を呟いているようだった。

脳のどこが、破損してしまったんだろう。

医療系の仕事を8年続け、勤務をする私は、電車で隣に座ったその人のことを考え、色々な思考を巡らせていた。

「水曜木曜水曜金曜日、、、」

貧乏ゆすりを止めず、一本一本指を立てて数え続けた。

今で
5往復目…なんの病気だろう。

暗号のようにまで聞こえ始めたその言葉に、意味はなかったが、何故か隣に座ったまま考えていた。

彼が、カバンに手をやり、チャックを開いた。

私は、帽子を深く被っていたが、念のため、最近は、物騒だからと、手元が見えるように帽子のプリムをセットしていた。

ティッシュを出し、マスクをとって、ティッシュで口を拭いているようだった。

指に、たっぷりと、よだれがついていてしまった。

『…さすがにちょっと気持ち悪いな』

なぜか、気味が悪くはあっても、横から立たなかったが、少しだけ後悔をした。

彼は、自分の手を凝視したような間を置いてから、再び口に手を戻した。

『いつもこんな感じなら、カバンや服にもよだれたくさんついててもおかしくないのか』

横に座られたとき、かなり強めに、ぐいっと、空間関係なく、気遣いなく座ってきた時から、少しおかしいとは気づいていた。その時服は強めに、私に擦れていた為、少し潔癖の私は、気になっていた。

彼が再び、ティッシュを持った手を、カバンに戻した。

『そろそろ、、たった方がいいな。怪しまれないように、次の駅に着いてからおりよう。』

カバンから手は、出てこなかった。

ピポンピポンピポン、
(武蔵小杉。武蔵小杉)


アナウンスが流れ、ドアが空いたので、立ち上がり、降りるふりをして、車両をかえようとしたその瞬間。



腕は、自分が思わぬ方へ引かれ、すぐさま振り向くと、包丁をもった右手が、私の脇腹付近まで近寄っていた。

『あっ』

目はつぶっていないはずなのだが、
その瞬間、車両が、空になっていた。

『れ…』

『(死んだ…?)』

一瞬の出来事で、
刺されたと思った上部脇腹に痛みはなかったが、驚きを隠せず思考は止まらずとも、息が出来なかった。


その次の瞬間扉が開き、若く、高身長、髪色はシルバーのスーツを着た男がが入ってきた。

「おめでとうございます。」


ハッ、

ハァハァ…

息を吐いた

『…あの、、死んだんですか。私』

意外と冷静に質問できた。



男性は続けた。

「いえ。違います。」

『…?』

「あなた思ったでしょう?」
「後悔したでしょう?すぐに席を移らなかったこと。」

『…あ、、はい。しました…』

「後悔記念、250世紀、1億回目の方なんです。人類の。」

『…?(ゴクッ)』

唾は、飲み込めた。死んだ感じもなく、食道の感覚、胃の感覚まで、なんだかわかるような気がした。

「あなたが願うこと、形にします。私達が力添えをします。これからの時間。」

「それが、あなたに与えられた、プレゼントというものです。」

「迫力がありましたね。彼。あなたを刺そうとしましたが、残念ながら、あのあと、走って、滑り、自分の刃物が胸に刺さって運悪く死にました。」

「あなたが願ったとおりです。」

続けて言われたのにも関わらず、全然話がスッと入って来なかった

『あ、は、ちょっとまってください。死んでくれとまでは、思ってません。』

「いえ、思いましたよ。」

目から、涙でなく、汗が出てきそうだった

「なんで、こんな脳が破損してるやつに、殺されて私の人生終えなきゃいけない。お前みたいな、能無しに、なぜこの私が」

「違いますか?」

『ーーーー…。』

彼の口元から、目を離せずにいた。
尋常じゃない、これまでに感じたことのない、ドロドロした感情が、私の健康な血液までもドロドロにしそうなほど、気分が悪くなりかけた。

「あなたは、あのとき死んでいた。違いますか?」

「でも、言いましょう。
あなたは、あの前から死んでいましたよね。でなければ、ここへは来れないんです。」

「『人生が灰のようだ。』誕生日に思ったこと。違いますか?」

言葉に一切詰まらずに、彼は私にそう言った。

『…お前……どこで見てたんだよ。』



ー私は、近頃、生きている心地がまるでしなかった。

私は、わたしではなかった。
私は、誰かのために生きている、生の人形。

今年の誕生日に気づいたが、それは、認知しただけで。実は、何年も前からそうだったんだ。

私は、私の人生なんて、知らずにいて、歩いてるようで、全く前進も後退もしない。

無限にない時間という概念の中で
ただ。そこに居て、中身のない笑顔を振りまいていた。

偽りの幸せを眺めていたことにも気づかず。

人生という時間は、灰と同じだった。

誰かに私の人生を捧げるような気力もなかった。
だから、あのとき、神様は選んだ。

人殺しに選ばれても良い人材だったはずだった。

でも悔やんでしまった訳である。

なんて、どうにもならない人間。

人類にとっては、希望であったはず、こんな能無し人間である私が、殺されるに値したこと。

思考が、私のために、私の頭を一瞬で巡った。

「生きていますね。今」

『……そう、なんですか』

「改心するときです。」
「チャンスがあります。」

『…はい。』

半信半疑で、彼の目を見れた。

髪色が、今まで見た中で一番綺麗だと感じた。

(ああ。いつか付き合った、玲…名前、何だっけな…。。。)

そんなことを、考えられる余裕が、できたようであった。

「貴方の人生、歩み戻り、いい気持ちを味わいましょう。」

「これで終わりなんて、勿体無い。」

『はい………。』

返事が少しだけ、早くできるようになっていた。

  …

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