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超短編小説:ときめき

 雨は、フロントガラスを激しく打っている。ワイパーの速度をもう一段階上げようか迷う。
 夜明け前の慣れない道、慣れない運転、そして雨。相性は最悪だ。

 知らない道ではないんだ。でも俺は、助手席からの景色しか見たことがなくて。
「運転苦手なの?かっこわるい」
 からからと笑うアイツの声が、耳元でよみがえる。
「別に、できないこともないけど」
 あの頃みたいに、つぶやいてみる。するとアイツはこう答えるんだ。
「いいのいいの。どこにだって、私が連れて行ってあげるんだから」

 どうせ若気の至り。その勢いだけの口約束を守ってくれなかった、なんて、責めるつもりはない。
 日の出はまだか。
 暗いのに眩しい。ヘッドライトが、テールランプが、街灯が、濡れた黒いアスファルトに反射する。サイドミラーにも。

 カーステレオから流れる音楽が変わった。俺好みのロックではなくて。ああ、アイツが勝手に入れた曲だ。今日はやけに影がちらつく。
 雨音が大きくなる。
 ワイパーを速めて、ステレオの音量を上げた。ポップな電子音が雨音と混ざって軽快だ。心なしか、人工照明が乱反射する景色と世界観がマッチしているような気がする。

「意外と過激な歌詞だな」
 俺が半笑いで言うと、アイツはまあね、と前を向いたまま答えた。
「この感じで、あの歌詞っていうギャップが良いの。でもいちばん大事なのはそこじゃない」
「何?」
「シンプルだよ。テンションが上がるかどうか。私が音楽に求めるのは、それだけ」

 緩やかで大きなカーブにさしかかった。
 等間隔に並ぶ街灯の光が、上と下に。ヘッドライトの白や黄色と、テールランプの赤が、いたるところに。
 まるで宇宙空間を突っ切っているようだ。
 ハンドルを握る手にはまだ力が入っているけれど、緊張の隙間に快感が顔をのぞかせる。

 俺だって、どこへでも行けるはず。
 緩やかなカーブはもうすぐ終わる。空を飛んでいる気分。この軽自動車は飛べないし、俺に飛ぶ力はない。でも、地に足つけてちゃんと前に進んでいるんだ。進んでいくんだ。

 カーブを出ると同時に曲は終わった。
 気付けば、少し明るくなっている。ようやく日の出か。視界とともに心も明るくなる。雨もわずかだが弱まっている。
 カーステレオの音量を下げ、ワイパーの速度を緩めると、よし、とつぶやいた。
 雨でも、暗くても、慣れない道でも。テンションは上げて行くんだ!







#原曲のある小説
 BGM   Zero-G/嵐


※フィクションです。
 音楽からふとアイデアを得た小説です。
「#原曲のある小説」や、マガジン「原曲、元ネタあり」から他の作品をご覧になれます。お時間のある方は是非。
 曲の解釈ではないので、悪しからず。

 嵐さんはガッツリ世代ですね。
 同世代の方は特別にファンじゃなかったとしても、ひとつやふたつ、彼らの曲に関する思い出があるでしょう。






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