短編小説:アップデート!!
大自然に囲まれたダムの前。水が流れる音と、セミの声が響いている。僕らが住んでいる海沿いの町はクマゼミの声ばかりが聞こえるのに、今よく聞こえるのはミンミンゼミの声。ここは内陸にある町なのだが、同じ県内でもだいぶ環境が違っているらしい。
水の音、セミの声、それからもうひとつ聞こえるのは、カメラのシャッター音。立派なカメラで写真を撮っているのは、同級生の荒巻。彼とは幼稚園の頃からの幼馴染だ。高校は別々だったが、大学は同じ地元の大学に進学した。20年近い付き合いになる。
大学三年生の、退屈な夏休み。同じく退屈していた荒巻の提案で、僕らは片道約3時間かけ、このダムまでドライブに来た。なんでダム?と思ったのだが、来てみてすぐにわかった。
どうやらここは、アニメ化もされた大人気マンガの作者の地元らしい。このダムにはそのマンガとのコラボとして、キャラクターの像が立っている。そして、そのマンガの大ファンである荒巻は、ずっとここに来たかったのだという。
思う存分写真が撮れたのか、荒巻は満足げに歩いてきた。そのままふたりで駐車場へ向かう。
「良い写真撮れた?」
「おう。最高やわ。高見は撮らんで良いの?」
「僕はいいや。あんまりそのマンガ知らんし」
興味はあるものの、僕はまだそのマンガやアニメをあまり見たことがない。そんな僕に荒巻は必ず言う。
「絶対見た方が良い!もったいない!俺マンガ全巻持っちょんけん、今度貸すわ」
車に乗り込みながら、僕は笑って流した。荒巻は毎回『今度貸す』と言うが、全然貸してくれないし、僕も特に催促しないので、結局話が進まない。でもそろそろ、借りてみようかな。
「高見も読んだ方が良いわ。あーあ、坪根やったらもっとこの話で盛り上がれるんに」「悪かったな」
坪根、というのも、僕らの幼馴染だ。坪根もそのマンガのファンらしい。坪根とは高校までは一緒だったが、県外の大学に進学したため会う機会が減っている。今年の夏も、来月から教育実習が始まるとかで帰ってこない。
車を発進させると、助手席の荒巻は僕の車のカーナビを勝手にいじって自分のスマホと接続し、音楽をかけ始めた。印象的なギターソロから始まる、俳優兼歌手の曲。荒巻は楽しそうに口ずさんでいる。
「この曲、確か4年くらい前でな」
僕がつぶやくと、荒巻はえっと声をあげた。
「もうそんななる?」
「たぶんね」
「去年くらいかと思ってたわ」
次に流れた曲も、3年前の曲だ。とあるバンドの、おそらくいちばん有名であろう曲。僕も荒巻も、歌えたらモテると思ってカラオケで挑戦したものの、高音域が難しくて撃沈した曲だ。
僕らの音楽は、なかなかアップデートされない。
僕も荒巻も流行に疎い。これまで、流行りの歌やドラマやアニメの情報は、たいがい坪根から教わっていた。荒巻がはまっているアニメも、もともとは坪根から聞いたのである。『モテたい』という感情を原動力に生きている坪根は、やたらと流行に敏感だった。
そんな坪根が県外に行ってしまい、会う機会が減ったのに伴って、僕と荒巻の流行に対する知識もどんどん低下していっている。
「坪根、帰ってくれば良いんに」
荒巻は不満そうに口をとがらせている。
「あいつも忙しいんやろ」
「でも、教育実習っち、普通地元とか母校でやるもんやないん?」
「坪根の大学は附属の学校でやるらしいよ」
「ふうん…。あいつは地元を捨てたわけやな」
「なんでそうなるんよ」
その後も荒巻は、あいつは俺らを忘れた、とか、もう帰ってこないつもりか、とか、ぶつぶつ文句を言っていた。
きっと、寂しいのだろう。
昔から3人セットで一緒にいたから、ひとり欠けるのは物足りない感じがある。荒巻はスマホをいじりながらつぶやいた。
「さっきのダムの写真送っちゃろ」
きっと、連絡する口実にしたいだけなのだろう。
片思い中の高校生か、と言いたくなる。
その間も、数年前に流行った曲が流れ続けている。
「お、この曲わりと最近やない?」
さっきまでカラオケ状態になっていた車内だが、新たに流れてきた曲に荒巻は声をあげた。
確かこの曲は、大ヒットしたアニメ映画の主題歌。流行に疎い僕らでも知っているくらい、町中で流れていたものだ。
「これは最近のやつ!」
一気にテンションがあがる。僕と荒巻ははしゃぎながら熱唱する。もうすぐサビ…、というところで、突然音楽が止まった。代わりに響く、着信音。カーナビと接続していた荒巻のスマホに、着信があったようだ。
「あ、坪根からやん!」
荒巻は少し嬉しそうな声でつぶやくと、すぐに出た。僕にも聞こえるように、スピーカーにしてくれている。
「坪根!久しぶり!」
[久しぶり!荒巻、あのダム行ったん?良いなあ]
どうやら、荒巻が送った写真を見て懐かしくなり、電話をかけてきたらしい。
「良いやろ!高見も一緒で」
通話をビデオ通話のモードに変えると、荒巻は運転している僕の横顔を映した。[おー、高見だ!]という坪根の声が聞こえる。前を向いたまま、軽く左手を振る。運転中だからスマホに映る坪根を見られないのが残念だ。
「坪根、もうすぐ実習なん?」
さっきまで坪根の文句を言っていたのが嘘のように、荒巻は嬉しそうに話している。
[そうそう。まじしんどいわ。実習終わったらそっち帰るけん、会おうよ]
おー、良いね!と僕らは答える。なんだかんだ、僕も坪根がいないのは寂しい。どうせなら3人そろいたいものだ。
[久しぶりに3人でカラオケでも行こうや!お前ら、ちゃんと流行りの曲チェックしちょけよ!]
「いやいや、俺たちちゃんと流行りに乗っかっちょんけん!」
な!と荒巻は僕の方を見た。僕も大きくうなずく。「俺たちさっきまでさあ、」と、得意げに荒巻は先ほどまで流れていた曲のタイトルを言う。
「どう?最新やろ?」
運転しながら僕も言うと、スマホの向こうからは笑い声が聞こえてきた。
[お前らさ、それ、もう2年前の曲で?」
「えー!?」
僕と荒巻は、同時に大声をあげる。てっきり、最新の曲だと思ってたのに。
「そんな前!?もはや懐メロやん」
荒巻がでかい声で言う。そもそも『懐メロ』という言葉自体久しぶりに聞いたような気がするが。
[映画が2年前やからな。時の流れっち早いよなあ]
坪根はスマホの向こうで勝手にしみじみしている。
[まあいいわ。お前らとは高校生ん時みたいに楽しめそうやな]
会えるのが楽しみやわ!、と坪根は言って、電話を切った。
通話が終わると、また曲の続きが流れ出す。
「2年前かよ」
「衝撃やな」
僕らの音楽は、なかなかアップデートされない。
でも、無事にもうすぐアップデートされそうだ。
それに、アップデートしなかったらしなかったで、昔みたいにはしゃげるんだから別に問題ないのだ。
「2年前も、最新のうちやな」
ちょっとどういう理論かわからないが、荒巻は言った。
「うん…?まあ、最新、やな」
わからないが、僕も乗っかることにする。
楽しいから、良いや。
僕らは車の中で、2年前の曲を熱唱する。
坪根が地元に帰ってくれば、これは最新だとかそうじゃないとか言いつつも、きっと3人で歌ってるような気がする。
僕も荒巻も、はしゃぎすぎて、げらげら笑いながら歌っている。
楽しい。
そして、楽しみ。
バカみたいにはしゃげる僕らの関係はこのままで、アップデートしなくて良いな、と、しょうもないことを考えた。
※フィクションです。
画像は 日田市 大山ダム
方言ってしゃべってるとそんなに訛ってる気がしないのに、文字に起こしてみるとすごい変な感じがしますね。