同業者の友人に独立を相談されたときに伝えたい10の本音
フリーランスのピアノ調律師として働き始めてちょうど15年が経ちました。
ゼロから始まった当時は想像もできなかったお客さまも1,500名を超え、小さいながらもなんとかひとつの形にはなったかなと、しみじみと感じています。
もちろんこれらはただの数字で、これからもひとりひとりに向き合っていくことは変わらないのですが。でも改めて、これだけ長くたくさんの方の大事なピアノのメンテナンスに選んで頂いたと言うのは本当にありがたいことです!
今回の記事は節目として初心にかえる意味もありつつ、自分の経験が誰かのヒントになればと思い書いてみました。もし同業者の友人にフリーランスになることを相談されたら、本音でこれだけは伝えたい!という内容です。
自身の経験で語れる「人を雇わず、一般家庭に訪問して調律をおこなう、いわゆるフリーのピアノ調律師」を想定した内容ですが、もし他のサービス業の方にも
参考になったりすると嬉しいです。
最近読んだこの本が改めて勉強になりました。自分が始めるときにもこんな内容を知りたかった!
1.独立しやすい、ピアノ調律師という職業
ピアノ調律師は基本的にひとりで完結できる仕事なので、独立しやすい職種と言えます。
設備が必要な大掛かりな修理をするのでなければ、会社を辞めても自前の工具と身ひとつですぐにでも外回りの調律師を始められます。会社勤めからフリーランスに変わっても、基本的には現場でやることは同じです。
そうなるとお客さまとしては「受けられるサービスは同じで、料金は会社から来てもらうよりも(たいてい)安くなる」調律師としては「自分のやりたいようにできて、金銭的な実入りも多い」
これだけ見ると、フリーランスのほうが圧倒的に良い気がしますよね。
でも、だれでもフリーランスが向いているわけではありません。
2.フリーランスで働くのが向いている人
独立しようと思う理由は色々あると思います。
自由に働きたい、自分の力を試したい、技術的な目処が立った、会社ではできないことがある、金銭的なこと、などなど。会社の雇用形態が変わったり、倒産してしまったから…と言うケースもあるようです。
確かにそれらがそのままフリーランスのメリットではあるのですが、個人的に感じるフリーランスでやってきて一番良かったことは、すべての人と対等な関係で働けることです。
上司、部下、社長、新人、先輩、後輩、そういった上下の関係がなく、同業者や取引先、お客さまとさえも対等にお付き合いできることで自分のパフォーマンスを最大限に発揮する、それがフリーランスの一番のメリットだと感じます。
「ひとりで自由に働く」ことがメリットとして上げられがちですが、実はその先の「対等に働く」ということこそが重要で、そのことでより良いサービスを提供できる人がフリーランスに向いていると思います。
逆に後輩をうまく育てたり、上司のサポートが得意だったり、上下関係を活かして働くのが得意と言う人もいます。そういう人がひとりになってしまうのはもったいないので、組織の中で力を発揮したほうが良い気がします。
3.完全にひとりで働くことは不可能
独立するとひとりでやらないといけないことは格段に増えます。あらためて会社組織って、いろいろな人が役割分担をして大きな成果を作り出すには理にかなった構造だと思います。だからこその無駄や理不尽も多くて、それがシンプルに最適化されることもフリーランスならでは。
かと言ってあらゆることをひとりで完結させるのは難しく、時には同業者や他の会社さんの力を借りることも多々あります。自分ができないことをお願いすることもあれば、逆に自分にしかできないことは力になりたい。そんなときも、相手の役職や経歴、経験年数に関わらず対等に向き合うことを心がけています。
4.フリーランスの調律師にも2種類ある
おおざっぱに言えば、お客さまと2通りの付き合い方があると言うことです。
・自社の顧客
・他社の顧客(業務委託)
僕の場合で言えば自身のお店「つくしピアノ調律所」に直接ご依頼を頂くお客さまが自社の顧客です。ホームページやご紹介で依頼を頂き調律に伺う、一番シンプルな形です。
他社の顧客とはいわゆる業務委託の立ち位置。「A楽器」さんへ依頼をされたお客さまのもとにA楽器の名刺を持って伺い調律をします。言うなれば一時的に他の会社の調律師として仕事に行く形式です。
同じ「フリーランスの調律師」と言っても、仕事が100%自社の顧客の人もいれば、ほとんどの仕事が業務委託の人。半々だったり、複数の業務委託先の仕事をしていたりそのバランスも様々です。実は仕事の多くが業務委託というフリーランスの調律師は結構多いです。
当然フリーランスで働く限り自社の顧客が多いのが一番です。でも独立して最初から自社の仕事だけで成り立たせていくのは難しく、誰しもが初めは他社の仕事を頂くのは必然かもしれません。また、自分の仕事を圧迫しない程度であれば他の会社のやり方で仕事をしてみることが勉強になる部分もあります。
ただ結局、他社の仕事と言うのは
・会社勤めのしがらみがあるが
・保障は無い
と言う、会社勤めとフリーランスの悪いところ取りになってしまっています。僕自身もいまでも年間数件だけは、ご指名頂いている他社のお客さまのところに調律に行っています。同じ僕という人間がおこなう調律でも、その会社さんの考えに基づいた作業は自社のものとは微妙に違います。さらに自社のツールやシステムが使えず、自分の思う100%のサービスが提供できないことにはもどかしさも感じます。
もし仕事の大半が業務委託の場合、その会社の事情で調律担当者を替えられてしまい急に仕事がなくなることだってあり得ます。良くも悪くもお互い「都合よく」が業務委託のメリットなのでしょうがないことなのですが...
はじめは他社の仕事に頼らざるを得なくとも、早めに自社の顧客の割合を増やしていくつもりでいたほうが絶対に良いです。
5.開業すると言うことは「お店」をつくること
いくら身一つでできると言っても、最低限の準備をしておかないと自分もお客さまも混乱してしまいます。ピアノの調律は業種的には無形サービス業ですが、物品を販売するお店を作ることをイメージすると必要なことがわかりやすいと思います。
・お店は入り口が無いと入れない
お客さまが依頼をしたいときにどこに連絡をすれば良いのか?どうやってやり取りをするのか?電話、メール、LINE、SNS、いろいろな手段から選んで用意しておく必要があります。
大事なことは必ずプライベートの連絡先とは分けること。また、後から変更するとお知らせするのが大変で混乱のもとなので(経験談)番号、アドレス、アカウントを最初からしっかりと考えて決めるのがおすすめです。
・何が買えるお店なのか?
これが決まっていないことにはお店は始まりません。調律師の場合まずは「できること」「できないこと」を洗い出していきます。
さらに分解すると、「できないこと」にも3種類あります。
・技術的にできないこと
・設備や環境的にできないこと
・できるけどやらないこと
それぞれどれに該当するかを整理しておくと、今後それらをできることに変更したい時に、何が足りないのかが把握しやすくなります。
出張できる範囲も大事なサービス内容です。しっかり決めておくとお客さまが混乱しません。
経験上、出張範囲はいたずらに広くしないことをオススメします。僕自身も最初は時間があったのでかなり遠いところまで出向いていましたが、忙しくなってくるとスケジュールが組みづらかったりすぐに伺えなかったりで、お客さまにお待ち頂くことに。調律師のように出向く仕事はやはり近いことが正義です。遠い場所のピアノはその地域の良い調律師にお任せしましょう。
・それはいくらで買える?
値札の貼っていないお店で買い物するのは勇気がいります。調律の料金を決めるのは当然として、修理や出張費、乾燥剤など販売品の価格など、色々と決めるべき料金はあります。
15年やっていても、どんな状況にも誰にでも適切なパーフェクトな料金設定はできてないなと思います。細かい修理やあまり無いであろう作業の料金でもまずは暫定で決めておいて、やっていきながら調整していくのが現実的です。
・WEB上に無い=存在しないこと
2023年の今でもやはりウェブサイトは重要です。特に無店舗の場合、ウェブ上に無ければお店が存在しないことと同じと言ってしまっても良いと思います。
ウェブサイトの造りや雰囲気はそのままお店になります。間口を広くして誰でも入りやすいお店にするのか、敷居の高いお店にするのか、隠れ家的なお店にするのか...ただ情報を載せるだけではもったいないのできっちりこだわって、お客さまが気持ちよく買い物ができるお店(ウェブサイト)を建てる必要があります。
・その他やっておくこと
工具、部品、乾燥剤などの購入先が限られるものはどこから仕入れるかを確認しておくと、急に必要になった場合に焦りません。
事務的な用品では絶対に必要なものは名刺、領収書くらいでしょうか。
6.意外とかかるお金のこと
事業をはじめて1ヶ月も経つと感じるのは、経費って結構かかるな…ってことです。特に調律師の仕事でかかるのは交通費関係。
車で回るのであれば維持費、ガソリン代、高速代、駐車場代はもちろん、業務使用で距離も伸びると思いますので、数年で買い換えるための資金も確保しておく必要があります。
電車移動の場合も電車賃に加え、時間調整のためにカフェに入ったりなども意外と移動に伴ってかかるお金です。
また、工具代はもちろん、作業に使う消耗品も日々減っていきます。ここでも会社のありがたさを改めて実感します。特にはじめのうちはどのくらい必要かわからないので大量買いもできなかったり、色々試してみたり、ある程度は試行錯誤の出費があることも念頭に置いておく必要があります。
7.仕事がないときにどうするか?
「大変かもしれないけど、ピアノと関係ないアルバイトはしないほうが良いよ」
独立当初、僕より先に独立した先輩に言われました。最初は不安な時期が続きましたが、この言葉を信じて調律の仕事に専念した結果仕事が徐々に増え、独立から4ヶ月後には「調律で食える」ようになりました。
〈もし〉はありませんが、おそらくアルバイトで生活費を満たせていたら独立はうまく行かなかったと思います。実際数年後に、同時期に独立したと言う別の同業者さんと話す機会があったのですが、その方はアルバイトとの二足で始めてしまったのでそこから抜け出すのが難しいと嘆いていました。
「別業種のアルバイトで得られる経験や人脈もある」と言う意見もありそうですが、それは独立前に済ませておくべきで、勝算無しではそもそも事業をはじめるべきではないと思います。
調律の場合、メンテナンス時期のタイミングや1回あたりが高額なこともあり、独立してすぐに満員御礼と言うのはなかなか難しいと思います。数ヶ月から1年くらいは、金銭的にも精神的にも「我慢と工夫」の期間が必ずあります。
ただこの話はちょっと根性論的で個人差もあるだろうことと、2023年の今は働き方も多様化して複数の他業種の仕事を器用にこなすことも当たり前になっています。あくまで僕の場合かつ、その時代(2008年頃)にはフィットしていたと言う部分も大きいかもしれません。
8.休みを取らないのはプロ失格
仕事が順調になってくると、フリーランスはどうしても働きすぎてしまいます。
お金のことよりも、忙しくしていればそれだけ安心感が得られるのが大きいんだと思います。でも、余裕がなければ仕事のクオリティは確実に下がります。必要な休みの頻度は人によりますが、僕は最低でも週1回は休みの日をつくり、一旦リセットするようにしています。
ピアノの調律は多くの場合年1回。調律師にとっては年間の何百分の1回かもしれませんが、お客さまにとっては大切な1回です。絶対に手を抜いたサービスを提供できません。
僕自身もつい急ぎのご依頼があったりするとスケジュールを詰めてしまいそうになりますが、「忙しい、休みを取っていない」というのは「手を抜いている」と同じだと自分を戒めるように気をつけています。
9.自分を守ることは大事なこと
フリーランスは会社員以上に、仕事=自分と捉えてしまいがちです。
仕事がなかったり、ミスをしてしまったり、お客さまに断られたり…仕事でネガティブなことがあった場合にダイレクトに人格や人生が否定されたように感じてしまうかもしれません。
それは金銭的なこと以上にフリーランスを続けていくことの妨げになります。
そうならないためには、ひとりの「自分」という人間を切り分けて考えることが必要だと思います。
仕事が無いのはあなた自身が世の中に必要とされていないわけではありません。あくまで商品がマッチしていないだけです。この2つは似ているようで全く違います。無駄な精神的ダメージを減らし、いかに建設的な改善につなげるか、そのための考え方です。
その他にも業務外のことをお客さまにお断りする場合なども、それがどんなに正しいことでも自分で決めているだけに断りづらかったりもします。そんなときに「決まり上そうなっていまして…すみません!」と言うスタンスは自分もお客さまも納得しやすいです。
ちょっとずるいかもしれませんが、フリーランスの自分を守って長い期間その力を世の中に還元していくためには、これは一番大事なことではないかと考えています。
10.おわりに
大手にくらべてのフリーランスの強みってなんでしょうか?
価格?技術?人柄?
一番は変化への柔軟さだと思います。
2020年にコロナ禍に入った際には調律業界は大手ほど仕事が無くなり大変だったようです。逆に僕はと言うと、すぐにおこなったコロナ対策が功を奏し、ありがたいことに仕事が途切れずむしろご依頼が増えました。
変化する世の中で、誰よりも自分を疑い、誰よりも自分を信じることがフリーランスとしての生き方なのではないかと思います。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
フリーランスの調律師仲間がひとりでも増えてくれるとうれしいです。
星野源さんの「仲間はずれ」という曲。
この2分間に、記事で書きたかったことが詰まっていて何度も聴いてしまいます。