見出し画像

【書評】対論 異色昭和史 (鶴見俊輔 上坂冬子 PHP新書)

11代伝蔵書評100本勝負24本目。
ちょっと読書に疲れたとき?対談集を手に取ることがあります。基本会話体なので、高度な内容も分かったような気になるというか、対話によって論点がはっきりすることが多いと考えているからです。僕にとって対談集は自分の頭で考えるのではなく、考えてもらうという感覚です。だから読書疲れたとき、対談集を手に取ることが多い。
 鶴見俊輔と重松清の対談集である「ぼくはこう生きている。君はどうか」を手にとったのはそういう時期だったんでしょう。鶴見は好きな思想家であるし、熱心な読者ではないけど、重松も味のある小説を書く作家という印象を持っていました。
 ページをめくるうちに読むに堪えなくなっていき、とうとう放り出してしまいました。何が堪えられなかったって重松が徹頭徹尾鶴見を仰ぎみて、異論を挟まないという点。対話に全く深みが出ません。仰ぎ見ている方の重松の言葉だけでなく、鶴見俊輔の言葉まで響かなくなりました。途中で放り出して口直し?のつもりで手に取ったのが本書です。
 「異色」と銘打っているだけあって2人の思想的立場は真逆といえます。鶴見は護憲派ですし、上坂は保守の立場で多くの書物をものしてきました。しかしながら本書の内容は少なくない点で2人の意見は一致します。それは鶴見の方が年上だけど、ほぼ同世代で共通体験も多いということがまず挙げられるでしょう。そして鶴見が上坂を物書きとしてデビューさせたという経緯も大きいと思います。つまり思想的立場は異なっても2人の間に人間的な信頼感関係が、成立しているのが本書の大きな魅力の一つです。そして上坂の鶴見に対する遠慮のない物言いが爽やか?です。いくつか挙げてみます。

そのくらいの許容度もなしで、よく今日まで人間社会を生きてきましたね(笑)。第一、女々しい。
 
鶴見 いや! 断じて愛国心なんかじゃないっ。
上坂 そんなぁ。耳まで赤くして、怒ることじゃないわ(笑)。八十代も半ばになって愛国心をそれほど毛嫌いする人にお会いしたのは、初めてです。
 
上坂 日本も知恵がないじゃありませんか。あんな九条を有り難そうに奉って「九条の会」を作って集まっている人までいるんですから(「九条の会」の呼びかけ人は、井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、故・小田実、故・加藤周一、澤地久江、鶴見俊輔、三木睦子の各氏)、鶴見さん以外は私と話が通じそうにない人ばかり(笑)。
鶴見 現金をやって、外国に出すことにした。都留さんがアメリカへ行ったのはそのせいなんです。お父さんはのちに大阪ガスの社長になりましたが、その時はただの幹部社員です。金の工面には非常に苦労したらしい。だから、そこだけのカテゴリーで見れば、都留さんと私は同じ種類の人間なんですよ。
上坂 金持ちのバカ息子でしょ(笑)。
上坂 鶴見さんはお墓参りをなさるの。墓に参ったってしょうがないでしょう。
鶴見 しょうがないですよ。でも、私はそんなにプラグマティックではない。
上坂 意外にご立派ですね(笑)。
鶴見 お袋に殴られて育っているから、それくらいの常識や根性はあります。
上坂 父上や母上の墓参りもなさるの。
鶴見 しますね。
上坂 誰でもまともなところが一つはあるのね(笑)。

 引用したところだけを読むとちょっと掛け合い漫才みたいですけど上坂が鶴見を「大思想家」として扱わず意見の異なる場合には臆せず異を唱えるところが素晴らしい。対する鶴見もそれを受けて自分の考えをさらに丁寧に説明しようとしているので我々読者も2人の立場を超えた一致点が分かり、結果として理解が深まります。そして本当に意見が異なり、対話が成り立たない場合、そのことを棚上げにするという知恵も2人にはあり、そうすることで対話が継続されることになります。僕も誰かと議論になることはしばしばありますから「こういうやり方もあるな」とさんこうになりました。
いずれにせよ申し訳ないけど重松との対談にはなかった緊張感があり、刺激的な一冊になっています。そして巻末付録?の対談で取り上げられた人物・事件について簡単な解説がついているのは対談内容の理解の助けになるし、これからの個人的な勉強にも大いに役立つと思います。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?