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セシボンといわせて(四日目)

〈四日目/C'est si bonセシボン〉


 昼間にタレントさんの保護猫預かりの動画を見た。ハンモックは無いが、うちと同じケージのようだ。そのケージの一番上の棚板に寝床が用意されている。

 あ......!
 やってしまった......。

  二週間ほど前、動物病院で少し話を聞いてきた際、まずはケージを用意して中にトイレと寝床を設置するよう教わったのに、寝床を置くのをすっかり忘れていたのだ。 ハンモックはあるがセシボンは使おうとしない。理由はなんとなく察しが付く。ケージを組み立てて付属のハンモックをS字金具で取り付けた時に、これって大丈夫なのかな、と一抹の不安があった。フックが外れてしまいそうな気がしたのだ。子猫ならいいかもだけど。


 今日は車庫を使う用事があって、ケージを外へ出せるように準備をする。シャッターを開けて車庫の掃除をしながら空を眺める。曇天。夕方までもつかどうか。ひさしの下なので濡れる心配は無いだろうが。
 母の帰宅を待って、二人でケージを外に出した。


 夕方訪れた知人にセシボンを会わせる。彼女は黒毛に挨拶し「ここの家でラッキーねぇ」と言ってくれるが、間もなくザーザー降りになり、外に出されたケージの中のセシボンはずーっと、不満そうに、なんだか鳴くというよりは〝言い〟続けている。「よく喋るね、ずっと喋ってるね」   知人が屈託なく笑う。それから「名前は?」と言った。セシボンだと答えると意味を尋ねられた。


 誰かに黒猫の名を問われて〝セシボン〟と答えると、大抵の人が不思議そうな顔をする。意味を聞かれることもある。あまり耳慣れない響きかもしれない。
 元々〝セツ〟は便宜的につけた名だ。〝セッちゃん〟とも呼んでいる。
 ウチの子として迎え入れるなら、きちんと名前を付け直したかった。なるべくセツ本人が混乱しにくいように〝セツ〟や〝セッちゃん〟をいかして〝せ〟から始まる名前にしたかった。――が、考えても考えてもなかなか良い名前が浮かばない。ネット購入したケージがやっと届いて組み立てても考えていたから三週間くらいは考えていたと思う。ずっと和名でつけようとしていた。漢字にして、できるなら幸せになって欲しいから、そんな意味合いも込めたかった。
 ケージを作った翌日だったか翌々日だったか。家への帰り道、すぐそこの坂を上っていたとき、ふと〝セシボン〟という単語が浮かんだ。多分フランス語だ、と思った。すぐにスマホを取り出し、とりあえずカタカナで入力した。

〝セシボン〟はフランス語の「C‘est si bon 」だった。この綴りと、「素敵だ」「素晴らしい」とか「とても良い」などの意味が出てきた。

 これだ!これがいい!


 その場で空中に指でカタカナをなぞり、画数を数えてみる。十三画だ。自分の古い記憶では、十三画はおしゃべりが得意で、歌が上手くて、人生もうまくいくような、良い画数だった。口下手で思いを上手く人に伝えられなくて、その日発した言葉を後悔して、今更 どうしようも無いのに何度も心でやり直してしまう、歌も苦手でカラオケすら片手の指で十分な回数くらいしか行ったことがない、そんな自分には憧れのある画数だったので覚えていたのだ。
 

 幸せな猫生じんせいを送れますように。

 これからはセシボンって呼ぼう。


 あとは母に上手く伝えられるかどうか、だ。でもこの名に関しては引いたらダメだ。間もなく捕まえるから、早くしなくちゃ――
 どうやって話をしたかは忘れてしまったが、案の定、感触は芳しくなかった。それでも、 蝶野のおばさんの後押しをもらってからは、母もセシボンと呼んでくれる回数が増えていった。



***1つ前のお話はこちらです↓***

セシボンのまとめはこちらです🐈‍⬛目次もあるので読みたい日だけ選んでいただけます…😊🐈‍⬛🐈‍⬛😊↓↓↓



☆☆☆☆☆見出し画像はみんなのフォトギャラリーよりにきもとと様の作品『くろねこ20211103』を拝借しております。いつもありがとうございます😊☆☆☆☆☆

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