セシボンといわせて(その朝/はじめに代えて)
〈その朝/はじめに代えて〉
「セツが掛かってる!」
階下の母の大声で、文字通りガバッと跳ね起きる。時刻は4時20分。部屋は煌々と明かりがついていた。多分外はまだ暗い。
身体が布団の上にあったのかどうかも曖昧で、まだ頭には靄がたちこめているのに、ここから忙しく動かなくちゃならないのだけはどこかで指令を受けでもしたみたいに分かっていて、その前にいったんトイレへ駆け込んでしまう。
なんで?
トイレの中でもずっと繰り返してる。シャワーも浴びず、歯も磨かず寝落ちした記憶が何となく戻ってくるけど、そんなことより。
なんで?
なんでセツが掛かる?
夕べあんなに警戒しとったじゃん。 フンフン、フンフン、嗅ぎ回って、最後まで中には入ろうとしなかったじゃん。だからさ、こりゃ無理だ、って思ったんだよ、 だから、誰か別の子が掛かると思い込んどったんだって。 ミサとか、おっかさんが掛かるかもしれんけど、しし丸だったら万々歳だ、って。
まだ信じられん。心臓がドック、ドックと呑み込んでいる。
なんでこんな、緊張するかな。
階段を一段ずつ、体重ごと踏みしめて降りていく。 母の待つ車庫への扉を開ける。
磨りガラス越しに置かれた長方形の枠の中に、何かしらの塊が見える。
黒い、生きている質感のある塊の影。
今日は仏滅。明日なら大安だったのに。
――って、いかん、いかん。今更何を言ってるんだろ......。
準備、しなくちゃ、いけない。
磨りガラスの戸の向こう側の長方形は昨夜仕掛けた捕獲器だ。 捕らえられたのは真っ黒い猫、丸くなっている影が映っている。
敢えてガラス戸を開けて確認はしなかった。 もう母が〝セツ〟だと確かめているのだから。 猫に、自由にしてもらえるかも、という余分な期待を持たせたくない。
黒猫、雄猫、成猫、セツ。
昨日、まだ仕掛けをしていない捕獲器にエサだけ入れて置いてみたら、セツは中に入ろうともせずに、外側から一所懸命嗅ぎ回っていた。警戒心が強いから、臆病なセツが中に入るとはとても思えなかった。
それはそれとして捕獲器は仕掛けた。去勢済みの猫が掛かったらすぐに逃がすし、去勢していない猫が捕まれば有り難い。
携帯を見ながら寝落ちした自分が、最後に捕獲器を見たのは午後10時半頃。母が一度起きた夜中3時頃も誰も掛かっていなかった。
準備、しなきゃならない。
これから、セツをうちの子として迎え入れるために。
一緒に暮らしていけるように。
まだ夜も明けていないのに、手探りの日々が始まろうとしている。
※黒猫セシボンとの日々をまとめました。目次もありますので、気になる日だけでも読んでいただけます🐈⬛🐈⬛🐈⬛※※※
☆☆☆☆見出し画像はみんなのフォトギャラリーより、にきもとと様の作品『移動中。』を拝借しております。ありがとうございます😊☆☆☆☆☆