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香港の地下通路から、宇宙へ

あの日は、冷たい雨が降っていた。

薄暗い地下通路。
湿った壁にもたれて座る、一人の女性。

丁寧に束ねた白髪とは対照的に、ブラウスは所々破れている。
籠には、小さな硬貨が疎らに入っていた。
じっと見つめると、彼女は申し訳なさそうに微笑み、やがて下を向いた。

3歳の頃だ。
父の故郷・香港で家族と夕飯を食べ、ホテルまでの帰り道。
なぜ彼女が一人でここにいるのか、なぜ寂しそうに笑うのか。私は理解できないまま、ただその濡れた瞳だけが心に深く、深く焼きついた。

「香港人と日本人のハーフです」
幼い頃から、声に出してきた。それは「私は父と母の子です」と胸を張っているのと同義だ。
しかし大人になるにつれ、それを差別的に思い、悪く言う人がいることを知った。

「どうせ中国人だろ!」
「中国とのハーフで韓国アイドル好きとかあり得ない」
ネット上で、悪意の破片を投げられることがある。
傷つく必要はないと思いながらも、それらは心のどこかに刺さったまま、決して抜けない。

あの日の翌日、夕方同じ道を通ると、お婆さんは同じ場所にいた。
昨日と違う服を着る私と、同じ服を着る彼女。

考える暇はない。
ポケットに手を入れる。
大人たちの隙をつき、籠にそっと硬貨を置いた。

急いでその場を離れ、少し振り返ると、遠慮がちに振る小さな手が見えた。
私は頷き、ただ前へ走る。

鼓動だけが、暫く鳴り止まなかった。


正しい行動ではなかったかもしれない。
家族が稼いだ硬貨で、彼女を傷つけたかもしれない。
しかしあの時の感情は、大人になり、自分が差別的な刃を向けられる時と少し似ている。

悲しさ、寂しさ、言葉にできない悔しさ。
3歳の私は、それに抗おうとした。



毛利宇宙飛行士が「宇宙からは国境線は見えなかった」と言ったあの日から、30年。

自分自身に問いかけてみる。
己のことばかり考えてはいないか。
行動できていないことはないか。

想いが膨らめば膨らむほど、自分の無力さに拳を握りしめたくなるけれど、考えたい。
声を上げ続けたい。
ただ救いたいと思い行動したあの日の自分に、間違ってなかったと言ってあげたい。

年齢、性別がなんだ。
人種、障害がなんだっていうのだ。

困っている人がいれば立ち止まり、話を聞き、手を差し伸べる。
まずは目の前の笑顔を作り、守ることから始めなければいけないのではないか。

日本人でも香港人でもハーフでもない。
自分が地球人であることを誇れる、
少し先の未来は、そんな世界であってほしい。

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りりあ
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