グッドモーニング|ショートショート
目覚まし時計の音が、部屋中に鳴り響いている。もしかしたら隣の部屋にも聞こえているかもしれない。どうやら朝がやって来ているようだ。
気分転換のために流す音楽や、朝の散歩にやってきたわんちゃんたちが吠える声よりも、もっと騒がしい音が僕らを目覚めさせるために必要だ。だからスマホではなく、二つのベルがついたアナログの時計を未だに目覚ましとして愛用している。
それはさておき、そろそろ起きなくては。
二度寝を決め込みたいところではあるが、とりあえずは情愛の香りが染みついたこのベッドから抜け出て、机の上に置いてある目覚まし時計を止めよう。その音さえ止めてしまえば、再び、部屋には静寂が取り戻される。そして、ベッドに戻って睡眠を再開するか、洗面台にいって顔を洗うかは、僕の自由だ。静寂を、睡眠を、自らの力でコントロールできるなんて、なんて幸せだろうか。
「もう、早く目覚まし時計を止めてよ」
僕の隣で寝ていた彼女が猫のように体を伸ばしながら語りかける。寝起きで声がかすれている。彼女は壁側で寝ているから、目覚まし時計を止めるのは、いつも手前で寝ている僕の仕事だ。
「隣の人に迷惑だから、早く止めて」
「分かったよ」
チリンリンリンリンリン・・・バン!
さて、音はもう鳴り止んだ。僕はきまって目覚まし時計を叩くようにして止める。彼女はもう少し、丁寧に止めればいいのにというが、その忠告を聞く気はない。一日という茶番を始めるには勢いをつけないとやっていけない。
ベッドから出て、腕を大きく伸ばし、背中の肩甲骨辺りを伸ばした。まだ眠たかった。彼女はまだベッドで寝ている。なんだか、意地悪をしたくなる。気持ちよさそうに眠りやがって。布団を思いっきりはがしてやろうか。いや、それよりもカーテンを開ける方がもっと効果的だろう。
カーテンを開けると、太陽が光の弓矢を大量に打ち込んでくる。今日は太陽が元気な日だ。無防備のまま、その矢に全身を打ち抜かれる。決して避けようなどとは思わない。むしろ進んで身を任せる。そうしているうちに体内からエネルギーがわき上がってくる。彼女にも、矢が降りかかる。無数の矢に刺された彼女は強制的に現実世界に引き戻される。彼女の体内のエネルギーが彼女の意思に反して、興奮し始めるからだ。
「おはよう。まだ起きないの?」
「朝から騒がしいのね、あなたは」
「人が眠たそうにしてるときに叩き起こすのは楽しいもんだよ」
「どこでそんな癖を身につけたわけ?」
「さあね」
こうして一日は始まる。平和な朝だ。今まで、幾度となく朝を迎えてきた。一睡もせず、一晩中馬鹿騒ぎをして、カラオケ屋で迎えた朝もある。美しい日の出を見るために、寒さに耐えながらも冬の浜辺で迎えた朝もある。寮生活をしていて、決められた時間に機械のごとく目覚めた朝もある。いろんな朝を迎えてきた。これからもどんな朝を迎えることになるのか楽しみだ。
電気ケトルでお湯を沸かし、トースターでパンを焼く。後は、キッチンで卵焼きを焼いて、お皿にサラダと一緒に盛り付ければ朝食が完成する。彼女もさすがにベッドから出て、洗面台で顔を洗っているようだ。
「朝食運ぶの手伝うよ!」洗面所から彼女の声が聞こえる。
「もうすぐ終わるから大丈夫だよ!」
そもそも手伝う気なんてないとは思うけど。でも、手伝うよと言ってくれるだけ、彼女は人間としてまともなのだろう。あの子とは違うみたいだ。
着実に朝食の準備を進めていく。ギターを弾きながら歌を歌うように、いくつかのことを同時におこなう。スープの粉をカップに入れて、お湯を注ぐ作業をしつつも、お皿にサラダと卵を盛りつける。ちなみに今日のスープはコーンポタージュだ。あからさまに味が濃そうな色をしている。どれだけお湯を入れるかということだけが、味を決める。その点、僕は天才的であると我ながら自負している。
盛り付けも終わったし、朝食は完成だ。こんなにも器用に事をこなしてしまえると、人の助けを借りる必要がなくなってしまう。悲しいことだ。伴侶を失う原因にならないといいけれど。もう少し不器用になったほうがいいのか?
不安を払拭するためにも、わけの分からないことを言って彼女をからかってみよう。
「グッドモーニングベトナム!」
「はいはい、ご飯ありがとね。ここは日本だよ」
なんだよ、ノリが悪いな。何でもやってもらえると思ってるのか?でも、美味しそうにご飯を食べてくれたから、そんな不満は3秒で消え失せた。
それにしても静かな朝だ。どこかの国で迎えた朝とはまるで違う。
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