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第6回 『木になった亜沙』 今村夏子著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、朝バアさん。

 JUNBUN太郎さん、初めてお便りします。
 私は、70代の単身暮らし。独居老人というやつですね。貧乏暇なし、帰宅するといつもくたくたで、最後に本を読んだ日がいつか思い出せないくらいです。物忘れのせいかもしれませんがね(笑)
 ところが最近、本を読んだんですよ。

『木になった亜沙』という本です。

 最近、身じまいについてあれこれ考えるようになりまして、終活というやつですね、それで、樹木葬が自分にはいいかと思っているんです。個人のお墓ではなく、木や草花の生えた共有の場所に納骨するという、最近割に流行ってるらしいんです。
 わたしには身寄りがありませんし、いまさら家族のお墓に入るのも窮屈だし、それに私が死んだらお世話してくれる人もありませんでしょう? そんな私には樹木葬が合ってるかなと思ったんです。
 東京の外れにある霊園を見学した帰りに、たまたま本屋の前を通りかかって、店頭にこの本が積んであったんです。タイトルが気になってね、それで久々に読んでみようかと思ったんです。木になるってどんな気もちだろう? ってね。それに、私の名前、朝子っていうのですけど、名前もちょっと似てるでしょう? これも何かの縁かなと思いましてね。

 木に生まれ変わった女性を描いたヒューマンファンタジー小説『木になった亜沙』をまだ読んでないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!


 びっくりしました。
 主人公の亜沙さんが木になるのだろうことは読む前から想定してはいましたが、まさか工場に運ばれて、割り箸にされてしまうなんて! そんな体験は長く生きてきましたが初めてでした。

 亜沙さんは、人間のときには報われなかった。けれども、木になって、割り箸になって、初めて、生きがいを知った。最後は火に包まれて死んでしまうけれど、一度目にスキー場で孤独に死んだのとは大違い。愛する人がいて、仲間たちがいて……、割り箸なんて普通は一度使ったら捨てられてしまうのに何度も何度も洗っては使ってもらえて……大往生だったと思いますよ、わたしは。
 亜沙さんは、死んで、生を手に入れたんです。

 あれからまた例の霊園に行ってきたんです。穏やかに晴れた午後でした。ちょうどお参りに来ている人たちが何組かいて、彼らは辺りをぶらぶらと散歩したり、芝生のうえにビニールシートを敷いて、お弁当を食べたり、おしゃべりしたり、寝転がってぼんやりしているんです。ここがお墓であることを忘れるほど、のんびり、穏やかなんですよ。

「ばあば、どこにいるの?」そのうち、また別の人たちがやってきて、小さな子どもが聞くんです。すると、お父さんでしょうね、顔のよく似た若い男性は答えるんです。
「ばあばは木になったんだよ」すると、子どもは広いところをのびのびと駆けていって、中央にそびえる大きな木の幹に抱きつきました。
 それをみていて、どこかからだがくすぐったくなりましてね、なんとも微笑ましい光景でした。

 生まれ変わりとか、輪廻転生とか、そういうものを信じちゃいませんけど、あれ以来、自分が死んだらって考えると、あの霊園での穏やかな午後がいつも胸の内に浮かんでくるんです。
 木になるのも悪くないかなってね。

 朝バアさん、ありがとうございます!
 たしかに、死後の世界を体験できるのも読書のいいところかもしれませんね。
 世間からは鼻つまみもののゴミ屋敷が、アングルを変えてみるだけで、こんなにも豊かな人間ドラマが広がっているように、死というのも、少し見方を変えるだけで、まったく違ってみえてくるものなのかもしれません。
 ところで、ぼくは死んだら、ブック葬というのをやりたいです。墓石にあたるところが、本棚というか図書館になっていて、色んなひとが自由に本を読みに来てくれるんです。で、時々、本のページからぼくが登場人物に化けて出るっていう笑。あ、化けて、ではなく、コスプレして、の間違いでした!笑
 朝バアさん、どうぞご自愛ください!

 それではまた来週をお楽しみにー。  

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