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【読書記録】『広東語の世界』
※本書で著者が、広東語と対置させるために、日本で私たちが一般に言うところの中国語を「北京語」と呼んでいるので、このnoteの中でもその意味で「北京語」を使っています。北京一帯の方言という意味ではありません。
初めて中国の人たちとカラオケに行った時から、不思議に思っていたことがある。
広東語の歌なのに、字幕を見ると完全に私の習っている北京語だったのだ。
もちろん広東語の発音で歌うのだが、発音だけ広東語にすれば広東語ということになるんだろうか?
当時は広東語は全くわからなかったけど、すごく違和感を感じた。
じゃ、歌詞を音読みすれば日本語の歌ってことになるの?
...まぁ、これはちょっと極端すぎで、もちろんそうはならないのはわかっていた。
広東語を勉強し始めてからも、この「広東語読みしているけど、北京語で書かれた歌詞」のせいで、外国語を歌で覚えよう!みたいなことは、広東語に関してはできないんだと思った。
実際、広東語読みしている歌詞と香港や広州の人が普段しゃべっている言葉は語彙はかなり違うし、文法だってわりと違う。
この本を読んで、その辺りのモヤモヤがとてもすっきりした。
つまり広東語は話し言葉と書き言葉がかなりかけ離れた言語だということだ。
そして文章だけでなく、歌詞も文語文(つまり今では北京語になる)で書かれるということ。
日本語や中国語も話し言葉と書き言葉の違いが比較的大きい言語だけど、ある時から言文一致がかなり進んで、今ではそこまで大きな開きはない。それに比べて、広東語はその差が大きいまま持ち越されているという感じなんだろうか?
またおもしろいことに発音は広東語の発音一択になって、書き言葉のほうもそれを声に出して読む場合は広東語の発音で読むということだ。
これによって「歌詞が全部北京語なのに香港の歌ってどういうこと?」という私の長年の疑問は解けた。
あれは歌詞は書き言葉で書かれた広東語という認識だったのだ。
北京語だけど、北京語の発音知らないから日本語で音読みしちゃおう的な発想ではなかったのか。
実は本書では、先に香港映画についての解説があった。字幕が書き言葉なために、実際にしゃべっている広東語と違う文にになっているという解説だった。
これについては、私はずっと北京語訳が書かれているんだと思っていた。そして、しゃべったそのままを字幕にしてくれれば、リスニングの確認になるのになぁと残念に思っていた。
これも私の解釈が少しズレていたのだった。
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またその書き言葉についてだが、広東語圏の人は全て広東語の音で読んでいるというのも本書を読むまで考えたことがなかった。
例えば「大丈夫」の意味で使われて、日本でもよく知られてる「モウマンタイ」という言い方、広東語の漢字で書けば「冇問題」と書いて発音は「mou5 man6 tai4」になる。しかし、書き言葉では「沒問題」という書くので、これを口に出す場面があれば「mut6 man6 tai4 ムッ(ト)マンタイ」と広東語で読む。広東語本来の話し言葉に訳すわけでもないし、北京語に習って「méi wèn tí メイウェンティ」と発音するわけでもないのだ。
香港の人と話す機会があると、北京語はしゃべれないとか、日本人である私の方が北京語が上手とか発音がきれいとか言ってくることがあって、北京語に強い苦手意識がある人が多いという印象だった。
これは、普段のおしゃべりに書き言葉を混ぜるのも違和感があるし、更にはその北京語での発音を知らないこともあるだろうから、混乱するし、しゃべりにくいということだったのかな?
なまじ似通ってたり、何かが共通しているとより大きな違和感になるのかも?と、私も広東語を学び始めてから、北京語との近くて遠いもどかしさを抱えているので、そんなふうに想像してみた。
私の想像よりずっと複雑で個人差の激しい世界だろうけど。
実はこういう広東語の言文不一致について書かれているのは、本書の第3章のみになる。
本書は第5章まであるので、他にも様々な観点からの広東語の話、広東語と香港の関係、移民の話、広東語だけではないアジアの中国語についてを歴史や地域の問題も絡めてなどなど、いろんな方向から語ってくれている。
北京語を主役においた言語素人でも読める本はわりとあるけど、広東語を主役にしているものは、今まで見つけられなかったので、すごく興味深くておもしろかった!
知っていることももちろんあったけど、一冊にギュッとわかりやすく詰め込まれていて、とても勉強になった。
もう少しおもしろかったエッセンスを書いて、本書のおもしろさを伝えられると思ったのに、書き出してみると、頭の中ではまとまっていたことが、ちゃんと言語化できなくて、わかってなかったんだなとわかった。