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彼依存症
依存症、という言葉が頭に浮かぶほど、
それに執着している。
彼と交わらない日は、苦しくなる。
職場で出会って3ヶ月。
1ヶ月ほど前に同棲を始めてから
ほとんど毎日セックスをしている。
しない日は不安定になるから、
お酒をたくさん飲んだり、煙草をたくさん
吸ったり、違うことで紛らわす。
今まで、自分でするのは好きだったが、
セックスは好きどころか、
しなければいけない義務ですらあって、
断じてこんな体ではなかった。
自分の変化に戸惑いながらも、
嬉しい気もしている。
誰かと抱き合うことで満たされるという
経験ができていることは、
女として欠陥品ではなくなって、
正常だと認められた気持ちになるからだろうか。
以前付き合っていた男は、抱き合う時、
喘ぐわりに濡れない私に
冷笑を浮かべながら、演技が上手いね、
画面の中にいたなら興奮できたよ、と言った。
なぜ気持ちよくもないなのに
喘いでいたのだろうと、私も可笑しくなって
笑ってしまった。
笑った瞬間、頬に痛みが走った。
彼の手が顔に振り下ろされたと
気づくまでに時間がかかった。
似たようなことが何回かあったから、
セックスなんて嫌いだし、
馬鹿みたいだと思っていた。
抱き合って得られるものなど
今まで私にはなかった。
なのに、今こうなっているから不思議だ。
不思議なことは他にもある。
今まで、思ったことがなかったが、
相手の行動に興奮することだ。
彼の手が私に触れる。
彼の指が執拗なほど責める。
彼の舌が優しく口の中を這う。
彼の吐息混じりの声が漏れる。
彼の額が汗ばむ。
彼の、彼の、彼の、彼の。
私が彼に届いている気がする。
私は私でしかなく
彼は彼でしかなく
一生、たとえ何千年ともに生きても
決して交わることのない私たちが
一瞬、互いの全てを交わし合っているような
そんな気持ちになる。
私は彼になんの影響も及ぼさない存在だけど
この瞬間だけは、彼は私だけのものであり、
私は彼だけのものになれる。
そんな気がする。
そんな気がしているだけだとしても、
そんな気がするだけで嬉しい。
死ぬほど嬉しい。
けれど、体が離れた瞬間、我に帰る。
彼に明け渡していたすべての私が
また私に帰ってきて、途端に死にたくなる。
夢から覚める感覚。
覚めない夢はないように。
彼のなれた手つきや
入れたままみるみる変わる体位に
彼の経験の多さがちらついて苦しくなる。
彼と寝た女はみんなこうなるのだろうか。
嫉妬が掠めるけど、いっそ、そうあってほしい。
こんな風に抱かれれば、
誰だってこうなってしまうと思いたい。
心も体も私の何もかもがあの人に支配されて
いるにもかかわらず、所有権は全て私にある。
と言っても、私は私を所有しているだけで
なにひとつコントロールできない。
このもどかしさだけが、私が彼のそばにいる
理由だとしたら皮肉すぎて笑えてくる。
大好き。大好き。大好き大好き大好き。大好き。
何かの本に出てきた言葉。
愛を手放さない方法は、手に入れないことだと。
失いたくないものは、
少し遠ざけておくべきだと。
それらが真実であったなら、
ある意味私はそれに成功している。
喜ぶべきことだ。
職場で、彼が目に入る。
この人に私は抱かれている。
この人が私を抱いている。
毎晩刺激されるせいで、
足を組むだけで甘い痺れのような
ものが体に流れる。
もう少し力を入れたいけど
変に思われるかもしれないから
このくらいが限界だ。
頭がくらくらする。
私はどこかおかしいのかもしれない、と
本気で不安になる。
異常者か、変態か、あるいは馬鹿か、猿か。
どれだとしても、救いがない。
抱き合うよりも、語り合いたかった。
言葉を交わすことが最良だと信じていた。
だからこそこうして言葉を残しているわけだし、
繋がるにはそれしかないとすら思っていた。
けど、言葉にしない方がいいことが
多すぎるせいで、結局何も言えなくなるから
ただ抱きしめてくれれば、それで何もいらない