唐橋史「青墓」感想
時代物のドラマや漫画を見ていて、登場人物たちが現代人そのままの会話をしていると、
「えーっ」
ってなりませんか。鎧を付けたり、十二単衣を着たり、見た目が思いっきり昔風だから余計気になるのかもしれない。当時の人はそんな風に話さなかっただろうよ、って。
だからと言って古典文学の単語と文法でしゃべったら、見ている人は理解出来ない。その時代の雰囲気を残しつつ、ちゃんと伝わる会話の文体を作るのは、本当に大変だと思う。一体どうやるんだろう? 私は絶対出来ない。
唐橋史さんの「青墓」はそういう昔の言葉の処理が絶妙で、気持ち良くタイムトラベルすることが出来た。たとえばこんな感じ。
「よろしければ遊君ばらの鏡を磨いでやってくださりませ。お代はお思いのままに」
「遊君」は遊女。「ばら」は複数人いるよということ。普段使う言葉ではないけれど、前後の流れでだいたい意味は分かる。読み方に迷いそうな漢字には全てふりがなが振ってあるし、本の始めから終わりまで読者の旅を快適にするために心が尽くされている。
舞台となっているのは中世の遊女宿、青墓。タイトルは地名なんですな。その言葉の印象通り、死の色が濃い。
あの世とこの世を隔てる壁が壊れてしまったような土地。誰が生者で誰が亡霊なのか、誰が味方で誰が敵なのか、判然としない。それでもみなその中で、生きていかなければいけない。
暗い時代の暗い場所ではあるけれど、その分美しいものが光る。私が一番胸キュンしたのは、第二話「鏡磨」の「犬君」
ダメ男の藤六に健気に寄り添い続ける、心を持った犬。
「戸口のところから顔を出した。空気が冷え切っていて、鼻の先が凍えそうだった」
「ゆっくりと尻尾を左右に振っていた」
なんてさりげない描写に、
「犬って必ず鼻から行くんだよね~」
「こういう時は尻尾をゆっくり振るよな~ 様子が見えるな~」
とほんわかしまくり。
ほんと、犬君可愛い。複雑で奥ゆかしい猫の愛情も悪くないが、私はやはり、痛々しいほどひたむきな犬の愛が好きだ。
猫漫画全盛の昨今、犬小説も頑張らねば! 私も書きたい!! と妙に鼻息荒くなりました。
最終話「獅子吼御前」の構成も好き。青墓という場所、中世という時代に永遠に閉じ込められてしまうのではないか、と酔うような感覚を覚えながら、本を閉じた。