私に似合う服⑨
『私に似合う服』①から全てマガジンにまとめてあります。プロフィールからぜひご覧ください。
【前回のはなし】
大好きな彼のためでさえも変わらない私は、やっぱり濡れ衣が似合うあの時のままなのかもしれない。
いじめられてひん曲がった心だったけれど、彼は好きでいてくれた。私もそんな彼が好きだった。包むように、撫でるように、私の心に触る彼が好きだった。
彼は私のダサい服に何も言わなかったから、それでよかった。可愛い彼女の方がいいに決まっているけれど、私は彼の何も言わない優しさに甘えて、ダサい服を着続けた。
可愛い服は、怖かった。
彼はいつだって別に可愛くもない私を「かわいい」と褒めてくれた。
何度目かのデートで彼は私を服屋に連れて行った。「この服似合いそう!」と鏡の前に私を立たせ、私に服をあてがう。鏡越しに映る、いつもと反転した彼は嬉しそうに私を見ていた。
「可愛い服着たくないねん」
また言ってしまった。鏡越しの彼の顔が曇った。初めて見る顔だった。
悲しそうな顔だった。だけど悲しいだけじゃない、複雑な顔をしていた。
私たちは服屋を出て、彼の一人暮らしのアパートに帰った。
いつものように愛おしそうに私の肌に触れる彼を、いつもより少し強めに抱きしめた。
「可愛い服は着たくない」と言った時のあの顔を忘れるために、いつもより少し強めに抱きしめた。
強く抱きしめれば抱きしめるほど、初めて見た彼のあの顔が浮かぶ。
彼は私の腕をほどき、両肩を掴んで私の目を見た。「どうしたん?」そう聞く彼は、私の心を本当に愛しているのだと思った。その愛を前に私は嘘はつけなかった。
「可愛い服着たくないって言ってごめん」
彼は私の肩から手を下ろし、その両腕でやさしくやさしく私を包み込んだ。しばらくそのまんま、私は彼の腕の中にいた。
彼が何を考えているのかは分からなかった。
彼の腕から解放された後も、私は彼のあの顔が頭から離れなかった。彼もまた「可愛い服を着たくない」と言った時と似たような表情で、ぼんやりしていた。
何も話さなくても居心地がいいくらいに私たちは愛し合っていたけれど、歪な心が噛み合わなくて、この沈黙は私の心を蝕んだ。
重い重い沈黙を破ったのは彼だった。
「ダサい服着んといてほしい」
(つづく)
この記事が参加している募集
毎日投稿続けています。その中に少しでも心に届く言葉があれば幸いです。